面倒な恋人



***



久しぶりに唯仁から連絡があったのは、金曜日の夕方だった。

金曜日は私が勤める小学校では職員会議がある日で、いつもより長引いていた。

神経をとがらせながら忍耐の時間を過ごしていたら、滅多に会わない人からメッセージが入った。
目立たないようにスマートフォンを開いて、恐る恐る確認してみる。

『話がある。これから会えるか?』

たったこれだけ。しかも『これから』との指定付きだ。
普通なら前もって連絡があると思うのだけど、唯仁らしい。

(相変わらず強引なんだ)

唯仁の性格は、ひと言では言い表わせない。
自信家でまっすぐな気性、そのうえ冷静だから私なんか言い争っても太刀打ちできないのだ。

それに河村家と奥野家の家族で祝ってもらった二十歳のお祝いパーティーの日から、私は唯仁に避けられていた。
いや、嫌われているのかもしれない。

その理由はなんとなくわかっているが、私には唯仁には話せない事情がある。

唯仁から『会いたい』と連絡があったことが信じられないくらいだ。

(なにか用があるのかな?)

急用かと思ったので『仕事が終わってからなら大丈夫』と返事しておいた。
また返信がきて、静かなホテルのバーを指定された。

そこは私が勤める学校から比較的近いのだが、仕事帰りの服装では場違いなところだ。

(この服じゃあ気後れしそう)

相手が唯仁だからおしゃれする必要もないかと思い、気にしないことにした。

会議が終わってから、ホテルに急いだ。なんとか約束の時間に間に合うだろう。

ホテルに着いて、ドキドキしながらエレベーターでバーに上がる。

係の人に名前を告げたら、奥のテーブルに案内された。
途中にグランドピアノがあって、小柄な女性が静かな曲を弾いている。

(この曲、なんてタイトルだったかな)

たしか恋愛映画のエンディングで流れた曲だ。少し悲しい終わりだった記憶がある。

唯仁はもう窓際の席に座っていた。こっちに気が付いたのか、サッと手を上げる仕草が決まっている。

あちこちの席から値踏みされる視線を浴びた。
目立つ容姿の唯仁だから『待ち合わせ相手』としてチェックされたみたいだ。

どう見てもおしゃれな群青色のスーツ姿の唯仁と、仕事帰りのカジュアルな服装の私とでは不釣り合いだろう。

「こんばんは」
「ああ、久しぶり」

窓際にある四人掛けのテーブルだ。
なんとなく唯仁と正面から向きあうのが照れくさくて、わざと隣りの席に座った。

(いつ以来だろう)

唯仁は前よりも少し髪が短くなったせいか、以前より精悍な感じがして大人っぽく感じる。

「一年ぶりくらいか?」

唯仁も同じことを考えていたのか、気になっていた答えを口にする。

社会人になってから、私たちは河村家のお屋敷を出てひとり暮らしを始めている。
だから幼なじみとはいえ、私たちが会う機会は減っていた。

お兄さんの慎也さんは男性にしては小柄で優しい雰囲気の人だったけど、唯仁はうんと背が高くてがっちりとした体格だ。
表情はクールに見えるくらいあまり動かない。

今だって、自分から呼び出したくせに笑顔なんてひとつもない。
私といるのが嫌そうな顔にすら見えるのだ。



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