面倒な恋人
唯仁は五階にある私の部屋まで黙ってついてきた。
ドアを開けようかどうしようか迷っていたら、唯仁が私の手の中にあったカギを奪って鍵穴に差し込んだ。
「どこに行ってた?」
「え?」
「今、車から降りてきただろ?」
「ああ、今日は兄と……」
言いかけて、どうして唯仁に答えなくちゃいけないのかなと疑問が浮かんだ。
「どこでもいいじゃない」
つい、素っ気なく言ってしまう。
唯仁がドアを開けたので、仕方なく中に入った途端に抱きしめられた。
「唯仁! なにを……」
その先は、声にならなかった。
だって、キスされたから。
唇をいきなり塞がれて、優しく甘く果物を味わうように弄られる。
この前は酔っていた……それは言いわけ。
ホテルの部屋に行くまでの記憶は曖昧だけど、彼がどんなふうに愛してくれたかは覚えている。
とても優しかった。
私を大切に扱ってくれた。
忘れたふりをしていたけれど、唯仁にキスされただけで記憶のフタが爆発したようにはじけ飛んだ。
この感覚はあの夜と同じだ。
唯仁の柔らかい唇が、わたしのと触れ合って、溶け合うんだ。
ひとつになった私たちの唇は、お互いを求めあう。
このまま続けたいけど、理性がストップをかけた。
(でも、いけない)
私は唯仁の恋人でもなければ、愛を告白されたわけでもない。
(単なる幼なじみ……こんなことする関係じゃない)
キスの熱で頭の中がぼんやりするけれど、いけないことをしている気持ちは消えない。
「や、め、て……」
なんとか言葉にできた。
唯仁の身体を押しのけると、彼は眉をしかめた。
どうしてそんな傷ついた顔をするんだろう。
(私を嫌ってたんじゃないの? 慎也さんと付き合ってるからって避けてたんじゃないの?)
やっと息を整えた。
「ダメだよ、唯仁こんな……」
「明凛、さっきの男は紘成と同じ事務所のヤツだよな」
そういえば、兄の事務所に唯仁が出入りしている話しを聞いた気がする。
高畠さんも顔は知っているようなこと言ってたと思い出した。
「そうだけど」
「……紘成のやつ……」
唯仁が兄の名を口にした。普段は仲よくしているはずなのに冷たい声だった。
「兄さんがどうかした?」
「いや、別に」
そのまま立ちつくしていたら唯仁が私の頬に触れてきた。
「慎也が帰ってくる」
「え?」
「来月初めに、奥さん連れて日本に帰ってくるらしい」
「来月?」
「もうすぐだ」
話しながら唯仁の手がゆっくりと頬をかすめるように動く。
その度に私の背に、ゾクゾクとしたなにかが走る。
「親たちは、結婚披露パーティーを開くつもりだ」
「そう」
「来るか?」
探るような目で唯仁が私を見つめてくるが、答えはひとつだった。
「まさか! 行けるわけないでしょ⁉」