面倒な恋人
美琴さんには可愛がってもらっていたから会いたいけど、慎也さんが結婚したならもう『ニセの恋人』なんていらないはず。
(ニセモノだった私が顔を出せるわけないのに)
それに唯仁と一夜を過ごしてしまった以上、河村家から離れなくちゃ。
立場が違うし、奥野の両親に心配かけたくない。
考えれば考えるほど、自分が愚かに思えてくる。
「美琴さんには申し訳ないけど、行けないわ」
「俺の恋人としてもか?」
「えっ⁉」
「俺の恋人として、堂々と披露パーティーに来ればいい」
唯仁は私を真っ直ぐに見つめてきた。
(唯仁……)
そして、また顔が近付いてきてキスをされる。それはそれは丁寧なキスだ。
こんなキスをされたら、女性はみんな誤解してしまうだろう。
「もうお前だってわかっているだろう」
離れがたい唇だったけど、言葉を紡ぐために唯仁の顔が距離をとる。
「俺を拒んでいない。お前は俺を受け入れているだろう?」
さっきの表情とは反対の、いつもの自信あふれる唯仁が目の前にいる。
唯仁の言葉で、私はいっきに血が逆流してきたように顔が火照る。
ああ、そうだ。唯仁の言うとおりだ。
(唯仁のキスに応えてしまった)
それが、とても恥ずかしいことのように思えた。
(身体が勝手に応えてしまうなんて……)
温かくて心地よくて、ごく自然に受け入れていたのだ。
恥ずかしいのに唯仁が目の前にいるから逃げ場もない。
狭い玄関につっ立ったままでいたら、また唯仁の唇が軽く触れてきた。
唯仁は軽く音をたてて唇を離すと、キスの余韻で呆然としている私から離れた。
「パーティーの日程がわかったら連絡する。さっきの男にはもう会うなよ」
去り際に唯仁が言い残した言葉は、私の耳には嫉妬に似た乱暴な言い方に聞こえた。
***
唯仁が帰ってからも私は動揺したままだった。
(私が受け入れている? 唯仁を?)
自分の中に流れている生みの母の血がそうさせたのだろうか。
身体は唯仁を求めているんだろうか。
私はずっと『恋はしない』と決めていたはずだ。
だから慎也さんの提案を受け入れたし、それで美琴さんや父の役に立てるのなら十分だと思っていた。
(どうして?)
嫌われていると思っていた唯仁に、私はなにを求めているんだろうか。
(私だって幸せになりたい)
自分が不倫から生まれた存在だということを知ってから、ずっと自分の居場所を探してきた。
やっとひとり立ちした今、私は『普通の幸せ』を求めている。
(兄さんは私の気持ちがわかっているから、高畠さんを紹介してくれたんだ)
恋愛感情はなくても、信頼できる人がいい。
穏やかで温かい家庭を築くなら、きっと高畠さんみたいな人が理想的だ。
(普通の幸せを望むなら、高畠さんがいいって兄さんは背中を押してくれたのかな)
唯仁は私をどう思っているんだろう。
『俺を拒んでいない。受け入れている』
そんなことあるわけないと思うのに、唯仁の言葉ひとつに心が揺さぶられている。
でも、唯仁だって私のことを好きだって言ってくれたわけじゃない。
(唯仁に翻弄されているだけ)
唯仁みたいに慣れていないから、キスのひとつで右往左往してしまう私が珍しいんだ。
子どもの頃のように退屈しのぎのおもちゃみたいに扱われて、飽きたらポイって捨てられるかもしれない。
『唯仁の恋人』として慎也さんを祝福するなんて、とんでもない話だ。
これ以上、唯仁の言葉に惑わされないようにしなければと私は固く誓った。