面倒な恋人


「間違えるなよ。僕は唯仁じゃダメだって言ってるんじゃない」

急に紘成が真面目な顔になった。

「お前、明凛がうちの養女だって知ってるんだろ?」

この話をふたりでするのは、初めてだ。
デリケートな話題だから、お互いに避けてきたと言ってもいいだろう。

「ああ……偶然、親たちが話しているのを聞いたくらいだが」

「そうか」

お銚子がカラになったのか、紘成がもう一本注文する。

「両親と俺が事情を話したのは、明凛が中学に入る前だったかな」
「あの頃から明凛の表情が変わったと思ったんだ」

紘成がそうだと言うように頷いた。

「あの天然っていうか、無邪気っていうか、めちゃくちゃ素直だった妹が変わってしまったよ」

楽しそうに笑っていても、どこか他人行儀になったと紘成は残念そうだ。

「知らせないのはもっと酷だったと思う。なんとかしてやりたいと思っていたんだが、明凛は心の中を誰にも見せなくなった」

紘成が呟く言葉に『兄』としての悔しさもにじんでいた。
義理とはいえ、紘成にとって明凛は大切な妹に変わりないのだ。

「だが、慎也さんと付き合うなんて言いだすし……いい人だけど、慎也さんが一番大切なのは自分だけだから明凛は無理だと思ってた。別の女性と結婚してくれてよかったよ」

幼なじみだから、紘成は冷静に慎也の性格を見抜いている。

「かといって、誤解するなよ。唯仁を認めたわけじゃない」
「俺は、明凛を誰よりも理解しているし、元のような笑顔にしてやりたいと思ってる」

思わず強い口調で言ってしまったが、俺の本心に違いない。
それでも紘成は渋い表情のままだ。

「明凛に紹介したのは、俺の同期で穏やかないいヤツだ」

俺は黙って紘成が話すのを聞いていた。

「明凛が求めているのは普通の幸せだ。家族元気で、一緒に食事したり出かけたり、どこにでもありそうな家庭なんだ」

明凛の求める幸せは、お金でも地位でも名誉でもない。
心穏やかに暮らせる自分の居場所と、自分の家族だということだ。

「それなら、俺だって」
「今のお前にあるのは情熱だけで、明凛と描く未来が見えない」

ピシリと紘成に言われてしまった。このままの俺では兄として認められないというのだろう。

「唯仁、選ぶのはお前じゃない。自分を幸せにしてくれるのは誰か、選ぶのは明凛だ」

紘成の言葉は、ズシンと重くのしかかってきた。

「わかってる」

紘成にだけは、いい加減な返事はできない。

なによりも明凛が欲しくて、結ばれることを優先してしまった。
明凛はどうやら一夜だけの関係にしたいと思っているようだし、俺は焦るばかりでなにもできないままなのだ。




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