面倒な恋人
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「バカだなあ、お前」
俺は唇を離してから、明凛の身体をグイっと引き寄せる。
「俺の気持ち、伝わっていなかったんだ」
「わからないよ。なんにも言ってくれないし」
「紘成に笑われそうだな」
「兄さんに? どうして?」
「俺が、お前をずっとずっと好きだったってこと。紘成にはバレていたんだ」
もう一度明凛の頬を俺の手のひらで包み込んでから、視線を合わせた。
「言っただろ、俺には覚悟がある。好きでもない女を抱くわけがない」
みるみるうちに、明凛の目に涙が浮かんできた。
「ずっと明凛が好きだった。アニキと付き合うことにしたって聞いた時は目の前が真っ暗になったよ」
「ごめんなさい。慎也さんの頼みを断れなくて」
「頼み?」
「あれはウソなの。美琴さんが心配だから恋人のフリをしてくれって頼まれて……」
思わず絶句してしまった。
「恋人のフリ?」
明凛は辛そうな顔をした。
「ごめんなさい。誰にも言えなくて苦しかった……」
慎也はそういうヤツだった。
周りに都合のいいことを言って、自分だけがいい目を見るんだ。
「わかってるよ。明凛はいつも自分より周りのことを考えているからな」
「唯仁、怒ってない?」
「怒るわけないだろ。でも、これからは俺のことを考えて欲しい」
「ありがとう」
明凛はホッとしたような顔になった。ずっと言えなくて苦しかったのだろう。
「段ボール箱があるってことは、どこかに引っ越すつもりだったのか?」
「だって」
「俺に内緒で?」
黙り込んだということは、図星だったのだろう。
「学校を辞めて引っ越しか……ちょうどいいな」
「え?」
「明凛、結婚しよう」
「唯仁、なに言いだすの!」
もう一度、明凛をギュッと抱きしめる。
「毎朝、起きて一番に明凛の顔が見られるなんて最高じゃないか」
「そんな急に……私なんか、釣り合わない」
「なに言ってるんだ、祖父さんも母も、明凛を気に入ってる」
俺は明凛の手を取ると、指先に口づけた。
「結婚して欲しい、明凛」
「赤ちゃんのこと、喜んでくれる?」
「ああ」
「赤ちゃん、抱きしめてくれる?」
「あたり前だ。お前も子どもも、俺のものだ。離すものか」
明凛はポロポロと涙を流しながら、じっと俺を見つめている。
「大好きだよ、唯仁」
「偶然だな、俺もお前が好きだ」
身体に障らないように、今度はゆったりと明凛を抱きしめた。