面倒な恋人
それからのお話 (ある日の午後)



***



河村家の広い庭には、今日も元気な子どもたちの声が響いている。

先頭を走るのは、五歳くらいの男の子。そのあとを三歳か四歳くらいの男の子と女の子が追いかけている。

その姿を屋敷のテラスから明凛はのんびりと眺めていた。

テーブルにはティーセットや子ども用のコップが並んでいる。
そろそろエミリアと美琴がレッスンを終えて、お茶をしにやって来るだろう。
そうしたら、子どもたちにも声をかけよう。
明凛がそんな心積りをしていたら、奥野の母が焼きたてのクッキーを運んできてくれた。

「できたわよ。チョコチップとクルミのクッキー」
「わあ、美味しそう」


「美琴さんたちがきたらお茶淹れましょう。子どもたちはオレンジジュースでいいかな?」
「走り回っているから、きっと喉が渇いているよね」
「じゃあ、スポーツドリンクを薄めて用意しておきましょう」

母は思い立つとすぐにキッチンへ戻っていった。

その身軽な後ろ姿に、明凛は感謝の気持ちを込めて「お母さんありがとう」と声をかける。

広大な河村家の敷地の中には、美琴のたっての希望で今や四家族が住んでいる。

本邸には圭一郎夫妻と慎也たちが、別棟には以前のまま奥村夫妻が暮らしている。
慎也とエミリアの間にもひとり息子が生まれて、河村家はずいぶんと賑やかだ。

新築した離れには、唯仁と明凛が子どもたちと暮らしている。
明凛も、もうふたりの子の母になった。

父と母は管理を任されている上に、孫たちのお守りも加わって忙しそうだ。
母は孫たちの相手が楽しいらしく、若返ったようにシャキッと背筋が伸びている。



明凛と唯仁が結婚すると告げた時、母は泣いて喜んでくれた。
父には反対されるかと思ったが、河村家の親族からの防波堤になってくれた。

兄の紘成は未だ独身で気ままなひとり暮らしを楽しんでいるから、時々やってきては明凛の子どもたちと遊んでいく。
兄はこの庭で遊ぶと童心に帰るのか、本気でちびっ子たちと鬼ごっこを楽しんでいるようだ。

美琴やエミリアたちは演奏活動で各地を飛び回っているから、明凛はもっぱら子どもたちの世話を引き受けている。
そろそろ教職に戻りたいと思う時もあるのだが、子どもたちが可愛くて踏み切れずにいた。

それに、明凛のお腹には三人目が宿っている。

お互いの気持ちを素直に打ち明けあってから、唯仁は人が変わったように明凛を甘やかしてくれるようになった。

仕事が忙しい時でも夫婦の時間は必ず取ってくれるし、毎日のように言葉で愛情を伝えてくれる。
あんなに無表情だった人と同一人物とは思えないくらいだ。

(それも嬉しいけど、もっと幸せなのは……)

明凛の気持ちを最優先にしてくれることかもしれない。
我慢しなくていいんだと、その瞳が語りかけてくれる。


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