地味子なのに突然聖女にされたら、闇堕ち中の王子様が迎えにきました
 
 その後はいつものように高齢者施設の食堂へ向かい、皆の食事の準備に加わろうとしたが、すでに終わっていたため配膳だけ手伝わせてもらった。
 自分で食事を摂れない高齢者の介助をし、終わったら下膳と食器洗いと食器の片付け。

 
「ごめんなさい、今日は食事の用意手伝えなくて」

 そうシスター達へ詫びると、かぶせるようにイヴの2倍位の声量で「とんでもない」と返ってきた。

「良いんだよ、会いにきてくれるだけで皆嬉しいんだから」

「子供たち待ってるだろうから、もう行ってあげて」

 そう言われ、孤児院へ向かった。
 ジェコフ神父もトリシャも他のシスター達も皆、イヴを罪人の娘扱いすることはなかった。いつも気持ちよく迎え入れてくれる、本当に優しい人達。



「あ!イヴ帰ってきた」

「遅いよ、イヴ!」

 孤児院へ行くと、子供達は広間で追いかけっこをしたり、お絵描きや本を読んで過ごしていた。
 私が戻ってきたことに気づくと、また皆一斉に駆け寄ってくる。1人むくれている男の子のティムを除いて。

「遅くなってごめんね」

 とティムへ声をかけると、むくれた顔のまま目線を上げて、


「……今日はハープ弾かないの?」

 と、尋ねてきた。ティムはいつもイヴがハープを弾くのを楽しみにしていたのだ。

 しかし、今日はどうしようか、と、困った顔をしてジェコフ神父に目を向ける。
 ここで音楽を奏でれば、死を待つ家まで聞こえてしまう。ネイティさんが静かに最後の時を迎えようとしている時にハープを弾くのは、と気が引けたのだ。

 「イヴ、聖なる雨音、は弾けるかい?」

 全てを察したジェコフ神父がそう尋ねてきた。聖なる雨音は以前、トリシャに習ったことがある。
 トリシャの足元にも及ばないが、一応それらしくなら弾けたと思う。

「ネイティさんの好きな曲だったんだ。まだ普通にお話しできていた頃、オルガンでよく弾かされたんだ」

 悲しそうな、寂しそうな顔で話す。

「すいませんトリシャさんのようには弾けませんが、ネイティさんに届くように一生懸命弾かせてもらいます」

 そう言ってハープの前に座ると、ジェコフ神父もオルガンの前に座って鍵盤蓋を開けた。

「ありがとう」

 ジェコフ神父もきっと、子供たちを寝かしつけたら、ネイティさんの元へ向かうのだろう。
 先程のシスター達も。皆一晩傍らで見守るつもりでいるんだろう。
 
 聖なる雨音は、昔からこの国に伝わる曲のようで、起伏のない緩やかな旋律に、時折雨音のような繊細な音が加わる。

 子供たちには退屈かもしれない。でも良い子守唄になったようで聴きながらウトウト寝始める子が出てきた。

 どこか物悲しい旋律。

 どうか穏やかに、最後の時を迎えられるように、と願いを込めながら奏でる。

 その音楽はトリシャや他のシスターの元まで届いたようで、各々ネイティを思って指を組んで祈った。

 どうか、どうか、穏やかな最後を迎えられますように、と。



 演奏が終わる頃には、子供たちのほとんどが寝てしまっていた。

 「寝かしつけに毎晩弾こうかな」

 冗談混じりに言う神父だが、目元が赤い。

 「イヴ、君が困るのは分かっているんだけど」

 そう言って、銀色の箱に入ったものを渡される。中身を察して、深く頭を下げて丁重に受け取れないと伝える。

「ごめんなさい、受け取れないです。私みたいな立場の者をこうやって快く受け入れてもらえるだけで本当にありがたいんです。だから、どうか気を遣わないでください」

 この押し問答は今日が初めてではない。
 
 銀色の箱の中身は食べ物だった。
 教会の食費は国民の税金で賄われている。罪人の娘がそれを受け取ることはご法度だ。もしバレてしまったら神父まで罰せられることになってしまう。それだけは何が何でも避けたい。

 「いつもごめんね、君が困るのは分かってるんだけど、どうしても気が済まなくてね」

「いえ、いつも優しくして頂いて本当に嬉しいんです。本当に救いになってるんです」

「イヴ、うちに住まないかい?」

「え?」

「これは私と、シスター達の総意だよ。境遇なんて関係ない。こんなに優しい子が辛い目に遭わないようにしないと,ここなら最低限の衣食住を確保してあげられるからね」

「で、でも上の人に許してもらえるか」

「大丈夫、僕に任せなさい」

 でも、そんなことをしたら神父の立場が、この教会の評判が、と返そうにも喉に熱いものが込み上げて声にならない。

 やがてその熱いものは涙として目から溢れ出てきた。現実にはきっと難しいかもしれない、だけど自分のためにここまで思いやって動いてくれようとしていることが嬉しくてたまらなかった。 

 そんなイヴに、よしよしと、あやすように灰色の頭を撫でられる。

 「君だってまだ子どもなのに、今まで辛かったね。よく耐えていたもんだ」

 背中をさすりながら慰める神父に、イヴは涙で顔を上げられなくなってしまった。
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