地味子なのに突然聖女にされたら、闇堕ち中の王子様が迎えにきました
教会からの帰り道、未だ胸は熱いままだった。
自分は罪人の娘で今後も慎ましく自戒して、寂しく一人で生きていくしかないんだと思っていたのに。
あの狭く暗いジメジメした穴蔵で一生を終えるもんだ、と思っていたのに。
生きる希望がふつふつ湧き上がってくる。もし教会で優しい皆と暮らせたらどんなに幸せだろうか。
そうなれば、これから学校でどんな辛いことがあろうと、なんでも耐えられると思った。
暗くなった、家への道中。
長い螺旋階段を降りた先の、居住地区第二層に入ったところでソフィアに出会った。
「あら、イヴじゃない」
おそらく外交帰りのソフィア。自己肯定感と承認欲求をこれでもかと満たされまくった、実に晴々しい表情をしていた。きっとあらゆる称賛の言葉と羨望の眼差しを受けてきたのだろう。
フェンリルの宣伝のために、ソフィアや限られた優秀な子ども達が、こうやって大人同伴で外へ出ることがあった。
「お、お疲れ様です」
「あなたも、お勤めご苦労様」
深々と頭を下げる私の頭上からはぁとソフィアの重いため息が降りかかる。
不安げに頭をあげると、そこにはさっきまでのソフィアとは打って変わり、すこぶる機嫌の悪いソフィアがいた。
私の灰色の髪を一束持って、まじまじと見つめながら、
「私達はフェンリルの血を色濃く受け継ぎ、容姿に恵まれたけど。つくづくあなたって可哀想よね。昼間も言ったけど、どうしてそんな地味な髪色で沼底みたいな目をしてるの?」
くす、くすと後ろから笑い声が聞こえる。
どうして?外交終わりで機嫌が良いはずなのに……。イヴは今日の出来事を頑張って思い返してみるが、まるで心当たりはない。それはそうだ、イヴはいつもソフィアを怒らせないように細心の注意を払っていたのだから。
だけど、これは、やばい。
イヴの中でどんどん不安が大きくなっていく。ここまで不機嫌なソフィアは久しぶりかもしれない。まだ言葉だけなら良い、このままエスカレートするとまた殴られるかもしれない。
「ごめんね、今すっごく機嫌が悪くて。いつものように優しくしてあげられないの」
以前殴られた時のことを思い出して、勝手に震え出す体。腕で抑えようにも止まらない。嫌な汗が全身から噴き出す。
「どうして機嫌が悪いかって?それがさ、聞いてくれる?さっき帰りがけに学校に寄ったら、奉仕活動やってないことになってたの」
だんだん大きくなる声に、息が苦しくなってくる。言い返さなきゃいけないのに、声が出ない。
「それ聞いてソフィアびっくりしちゃった。どうしてかしら?私は満点を取らなきゃいけなかったのに、評価が下がっちゃうわよね」
俯く私の前髪を掴んで、強引に顔を上げさせた。
「お前があのババアにちくったんだろ?本当は自分がやってたんだって」
ババアとはナイジェル先生のことだろうか。そんなことは一度だってしたことがない。
「そ、そんなこと、してない。今日もソフィアさんの名前で」
「じゃなんで奉仕活動だけ点がもらえないんだよ!」
「ご、ごめ、なさ、い。わか、らない」
震える声で、なんとか懸命に言葉を紡ぐ。
「ふざけんなよ。まじで。テメェそれくらいしかやれることねぇんだから、本当使えねぇなカス」
「ご、ごめん、なさい。せ、先生に説明する。教会のこと、何かの間違えだって」
「今からじゃおせぇんだよ」
掴んでいた頭を地面に投げつけられ、私は咄嗟に地面に手を着いた。
「ねぇ、イヴ。完璧な私には完璧が求められるの。完璧な状態で卒業しないといけないのよ。それこそ末代まで語り継がれるような、とても美しく優秀な女の子がいたってね。それがあなたの失敗のせいで叶わなくなるのよ」
どうやったらこの場を、何事もなくしのぐことができるだろうか。そればかりで頭がいっぱいになる。そんな様子がソフィアには、ちゃんと聞いていないように見えて更に激高した。
「少しは人の役に立つことできないの!?ねぇ!」
そう言って、地面にしゃがむイブの顔を蹴り上げる。口の中が切れてまた血の味がした。
「痛そー、ソフィア、これ位にしときなよ。跡残ったら面倒だって」
シェラルが後ろでくすくす笑っているのが聞こえる。
「ねぇ、良いこと教えてあげる」
唐突に声色を変えたソフィアに、イヴは思わず顔上げて聞き返した。
「え?」
「罪人の娘のあなたが、今後どうなるかっていう話。今後、外へ嫁にも出されず、ここでまともに職に就くこともできないあなたがどうなるか」
ソフィアの話に、シェラルも同情するように声をかけてきた。
「自分でもずっと不安だったんじゃない?」
「し、知ってるの?」
二人の綺麗な顔を見ながら問う。蹴られた相手なのに、無意識に請うような目をするイヴ。二人は、イヴを改めてなんと愚かで可哀想な生き物なんだろうと思った。
「特別に教えてあげるわ」
そう言って教えられた事実は、イヴをどん底に落とすような内容だった。
「あなたは学び舎を出たら、一生、どこかに閉じ込められて暮らすの。もちろん誰とも番わされることなく、陽の光もまともに浴びれず、人と接することも禁じられ、花を自由に見ることもできない。暗い部屋で一生を過ごすのよ。あなたは、重罪人の娘で、この誉れ高い花園の汚点なのだから」
「どうして、私、私は悪いことしてない……っ」
ポロポロと流れ落ちる涙と、思わず本音も一緒に零れ落ちた。自分の未来は、すでに決まっていて、それがそんなに酷いものだったなんて。そんな扱いまるで罪人と一緒。
「実はね、私達、宣伝の他にも上層部から頼まれていたことがあったの」
「え?」
「イヴの監視と評価」
思わず目の前が真っ暗になる。まさか、
「私達がイヴの未来を決めたのよ」
そのまさかが的中して、思わず反吐が出そうになった。
「だって、イヴの容姿はフェンリルのブランド力を下げるもの。表立って生きていくにはふさわしくない容姿をしているのに、外の世界を見てみたいですって?」
泣いて打ちひしがれるイヴに、まだ惨い言葉を投げかける。
「思い上がるのもいい加減にして。あなたには、暗い牢屋がお似合いよ。そろそろ自分が普通には生きられないことを自覚なさい」
自分は罪人の娘で今後も慎ましく自戒して、寂しく一人で生きていくしかないんだと思っていたのに。
あの狭く暗いジメジメした穴蔵で一生を終えるもんだ、と思っていたのに。
生きる希望がふつふつ湧き上がってくる。もし教会で優しい皆と暮らせたらどんなに幸せだろうか。
そうなれば、これから学校でどんな辛いことがあろうと、なんでも耐えられると思った。
暗くなった、家への道中。
長い螺旋階段を降りた先の、居住地区第二層に入ったところでソフィアに出会った。
「あら、イヴじゃない」
おそらく外交帰りのソフィア。自己肯定感と承認欲求をこれでもかと満たされまくった、実に晴々しい表情をしていた。きっとあらゆる称賛の言葉と羨望の眼差しを受けてきたのだろう。
フェンリルの宣伝のために、ソフィアや限られた優秀な子ども達が、こうやって大人同伴で外へ出ることがあった。
「お、お疲れ様です」
「あなたも、お勤めご苦労様」
深々と頭を下げる私の頭上からはぁとソフィアの重いため息が降りかかる。
不安げに頭をあげると、そこにはさっきまでのソフィアとは打って変わり、すこぶる機嫌の悪いソフィアがいた。
私の灰色の髪を一束持って、まじまじと見つめながら、
「私達はフェンリルの血を色濃く受け継ぎ、容姿に恵まれたけど。つくづくあなたって可哀想よね。昼間も言ったけど、どうしてそんな地味な髪色で沼底みたいな目をしてるの?」
くす、くすと後ろから笑い声が聞こえる。
どうして?外交終わりで機嫌が良いはずなのに……。イヴは今日の出来事を頑張って思い返してみるが、まるで心当たりはない。それはそうだ、イヴはいつもソフィアを怒らせないように細心の注意を払っていたのだから。
だけど、これは、やばい。
イヴの中でどんどん不安が大きくなっていく。ここまで不機嫌なソフィアは久しぶりかもしれない。まだ言葉だけなら良い、このままエスカレートするとまた殴られるかもしれない。
「ごめんね、今すっごく機嫌が悪くて。いつものように優しくしてあげられないの」
以前殴られた時のことを思い出して、勝手に震え出す体。腕で抑えようにも止まらない。嫌な汗が全身から噴き出す。
「どうして機嫌が悪いかって?それがさ、聞いてくれる?さっき帰りがけに学校に寄ったら、奉仕活動やってないことになってたの」
だんだん大きくなる声に、息が苦しくなってくる。言い返さなきゃいけないのに、声が出ない。
「それ聞いてソフィアびっくりしちゃった。どうしてかしら?私は満点を取らなきゃいけなかったのに、評価が下がっちゃうわよね」
俯く私の前髪を掴んで、強引に顔を上げさせた。
「お前があのババアにちくったんだろ?本当は自分がやってたんだって」
ババアとはナイジェル先生のことだろうか。そんなことは一度だってしたことがない。
「そ、そんなこと、してない。今日もソフィアさんの名前で」
「じゃなんで奉仕活動だけ点がもらえないんだよ!」
「ご、ごめ、なさ、い。わか、らない」
震える声で、なんとか懸命に言葉を紡ぐ。
「ふざけんなよ。まじで。テメェそれくらいしかやれることねぇんだから、本当使えねぇなカス」
「ご、ごめん、なさい。せ、先生に説明する。教会のこと、何かの間違えだって」
「今からじゃおせぇんだよ」
掴んでいた頭を地面に投げつけられ、私は咄嗟に地面に手を着いた。
「ねぇ、イヴ。完璧な私には完璧が求められるの。完璧な状態で卒業しないといけないのよ。それこそ末代まで語り継がれるような、とても美しく優秀な女の子がいたってね。それがあなたの失敗のせいで叶わなくなるのよ」
どうやったらこの場を、何事もなくしのぐことができるだろうか。そればかりで頭がいっぱいになる。そんな様子がソフィアには、ちゃんと聞いていないように見えて更に激高した。
「少しは人の役に立つことできないの!?ねぇ!」
そう言って、地面にしゃがむイブの顔を蹴り上げる。口の中が切れてまた血の味がした。
「痛そー、ソフィア、これ位にしときなよ。跡残ったら面倒だって」
シェラルが後ろでくすくす笑っているのが聞こえる。
「ねぇ、良いこと教えてあげる」
唐突に声色を変えたソフィアに、イヴは思わず顔上げて聞き返した。
「え?」
「罪人の娘のあなたが、今後どうなるかっていう話。今後、外へ嫁にも出されず、ここでまともに職に就くこともできないあなたがどうなるか」
ソフィアの話に、シェラルも同情するように声をかけてきた。
「自分でもずっと不安だったんじゃない?」
「し、知ってるの?」
二人の綺麗な顔を見ながら問う。蹴られた相手なのに、無意識に請うような目をするイヴ。二人は、イヴを改めてなんと愚かで可哀想な生き物なんだろうと思った。
「特別に教えてあげるわ」
そう言って教えられた事実は、イヴをどん底に落とすような内容だった。
「あなたは学び舎を出たら、一生、どこかに閉じ込められて暮らすの。もちろん誰とも番わされることなく、陽の光もまともに浴びれず、人と接することも禁じられ、花を自由に見ることもできない。暗い部屋で一生を過ごすのよ。あなたは、重罪人の娘で、この誉れ高い花園の汚点なのだから」
「どうして、私、私は悪いことしてない……っ」
ポロポロと流れ落ちる涙と、思わず本音も一緒に零れ落ちた。自分の未来は、すでに決まっていて、それがそんなに酷いものだったなんて。そんな扱いまるで罪人と一緒。
「実はね、私達、宣伝の他にも上層部から頼まれていたことがあったの」
「え?」
「イヴの監視と評価」
思わず目の前が真っ暗になる。まさか、
「私達がイヴの未来を決めたのよ」
そのまさかが的中して、思わず反吐が出そうになった。
「だって、イヴの容姿はフェンリルのブランド力を下げるもの。表立って生きていくにはふさわしくない容姿をしているのに、外の世界を見てみたいですって?」
泣いて打ちひしがれるイヴに、まだ惨い言葉を投げかける。
「思い上がるのもいい加減にして。あなたには、暗い牢屋がお似合いよ。そろそろ自分が普通には生きられないことを自覚なさい」