私が大聖女ですが、本当に追い出しても後悔しませんか? 姉に全てを奪われたので第二の人生は隣国の王子と幸せになります

28 王都へ 1

 アルマータ公爵夫妻に見送られマルキエ領を後にした。ルードヴィヒとともに王都に向かう。

 王都レガリアまではスレイプニールに乗り、二日で着いた。魔物が引く馬車はこの国でも珍しく、王族や一部の高位貴族しか利用できないらしい。使役にかなりの力量がいるのだそうだ。このスレイプニールはルードヴィヒがテイムしたものだといっていた。その道で彼は有名らしい。

 馬車から見た王都は、とても華やかで活気があり、表面的には貧富の差が激しい印象はない。
 王宮は、質実剛健という感じで、優美さや華美さはなかった。ごつごつとした印象で、アリエデのそれより大きく、威容を誇っている。

 フランツはもともと王族の護衛騎士で、王宮に詰めていたが、中央を下るルードヴィヒについてきたらしい。
 
 コリアンヌも元々は王宮勤めだったらしく堂々としていて、時折、顔見知りとごく控えめに視線を交わし挨拶しているようだ。リアだけががちがちに緊張して歩いている。
 
「リア、そんなに固くならなくても大丈夫だよ。バラ園で非公式に茶を飲むだけだから」

 ルードヴィヒがリアに声をかける。彼がリアを気遣って、謁見の間での対面はやめてもらったのだ。あくまでも今回は非公式なもの。

 リアはこの日の為にルイーズ夫人が大急ぎで用意してくれたドレスを纏っていた。
 生地はなめらかで白い光沢があり、繊細な銀の刺繍が施されている。アリエデの聖女の正装よりずっと美しい。リアの容姿を引き立てている。夫人の気持ちが嬉しかったが、王宮に一歩踏み込んでからは緊張でそれどころではなかった。

 飾りやネックレスにはサファイヤを使っている。失礼のない程度に装おうと思っていたのに、いつの間に分不相応なくらい豪華になっていて、リアはどきどきした。

 髪をアップにされたリアの耳にぶら下がるサファイヤのイヤリングが、カシャリとぶつかり涼やかな音を立てる。

(高価な飾りを落としたり失くしたりしたら、どうしよう。壊してしまったら、どうしよう)

 心配するリアをよそに、夫人は「いいわ、あげるから。あなたのものなのだから気にしないで」などといっていたが、こんな高価なものを貰ってよいとは思えない。

 ルードヴィヒにエスコートされ、緊張しながら、国王夫妻並びに王子二人に挨拶をした。この国の挨拶はアリエデと非常によく似ているが、失礼があるとルードヴィヒや公爵夫妻に迷惑がかかると思いコリアンヌに教わった。

 しかし、ルードヴィヒの「父上、お久しぶりです。リアを連れてきました」というフランクな挨拶であっという間に場が和んだ。

 王妃エルインは美しく、顔立ちはルードヴィヒによく似ていた。固くなっているリアを気遣い、何かと声をかけてくれる。驚くほど気さくだ。どことなくルイーズ夫人に似ていると思ったら、従姉妹だと言う。


 国王カールはルードヴィヒの命を救ったことへの感謝が済むとこの国にはもう慣れたかなどときいてくる。一国の王から感謝されるなど初めてだ。リアは緊張しつつもなんとか受け答えした。

「リア、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」

 と横でルードヴィヒが笑いだした。場にはとても和やかな空気が流れている。王太子オスカーも第三王子リゲルも気位の高さがなく、明るく穏やかな人柄だ。こういう環境の元で、ルードヴィヒのような穏やかな人が育つのかと納得する。

 ひとしきり雑談を交えた挨拶が済むと、話題はリアの身分に関するものに移った。

「メルビルとルイーズがそなたを養女にといって煩いのだが、アリエデ王国との関係はちと微妙でな。しかし、この国で生きていくのに身分も籍も必要であろう。
しばらくはルードヴィヒ預かりで、身分は公爵令嬢相当となるがかまわないか?」

 構わないも何もない。破格の申し出に身が竦んだ。

「私のような者にそのような身分を……」

 自然と声が震える。自国でも伯爵令嬢だった。過分だ。恐れ多いし断りたかったが、相手は王族、親切でいってくれているのだろう。固辞は出来ない。
 そんなにリアを手厚く保護してアリエデとの関係は大丈夫なのだろうか。いま微妙といっていなかったか?

「今からそなたはクラクフの民だ。姓は便宜上、アルマータを名乗ると良い。メルビルもルイーズも喜ぶであろう」

 さらっと公爵家の名を名乗るようにいわれ、不安になるも、用は済んだとばかりに、また雑談に戻ってしまった。アリエデのことを根ほり葉ほり聞かれると思っていたのに、クラクフには素晴らしい温泉が湧き、アリエデにはない海があると観光をすすめられ、面食らった。

 王子たちはこの国の観光スポットや案内を書いた地図や資料を後で届けると言う。

「この国にもう少し慣れて落ち着いたならば、王宮の夜会に来るとよい。私達はそなたを歓迎する」

 そんな国王の言葉で茶会はお開きになった。ほっとして、気が抜けた。

(なぜ、こんなに親切にしてくれるの? 今日から私はクラクフ王国の民……)

 そのうえ、彼らはルードヴィヒを救ってくれた礼をしたいから、褒美は何がいいかなどと言いだすので、リアは身分だけで充分だとこたえた。この国で暮らしていける保証を貰っただけでもありがたいのに高い身分まで貰ってしまった。もうこれ以上は何もいらない。


 信じられない幸運に喜ぶべきことなのに虚脱感が襲い、膝ががくがくと震えた。事前にルードヴィヒが根回ししてくれていたことは分かる。
 ただただ嬉しさと感謝でいっぱいになり……それから、幸せ過ぎて途方に暮れた。


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