私が大聖女ですが、本当に追い出しても後悔しませんか? 姉に全てを奪われたので第二の人生は隣国の王子と幸せになります

27 ヴァーデンの森 平穏な日常から……

 アリエデでは多少増減はあるものの毎年神聖力をもつ貴族の娘が一定数生れる。
 聖女になるのは若い娘ばかりで、妙齢になると良縁を結び神殿を出て行く。遅くとも二十二歳までには行き先が決まる。

 ヒールが重宝するので中堅的な地位の貴族の間では人気だが、大貴族ともなると、多額の寄付金に布施をおさめているので神殿で優遇されている。わざわざ聖女を妻にとは望まない。

 神聖力は親から子に受け継がれることも多いと言われ、聖女が生れると神殿に連れていかれてしまう。そのため、家格が高く名門貴族と言われる家では直系に聖女の血が入るのを避けることもある。

 しかし、クラクフでは聖女は生まれてこないという。そのため医術が進んでいる。アリエデでは麻酔をかけて手術をするなど考えられない。

「今日は薬草をたくさん集めてきました」
「リアの作ってくれた回復薬はとても評判がいいよ。今度、神殿に卸そう」
「本当ですか!」

 リアの瞳が明るく輝く。

「リアはたいへんな目にあってきたのだから、あとはのんびりすればいいのに。君は呆れるくらい働き者だね」
「何かしていないと落ち着かなくて」
「私の護衛をしてくれている」
「この森は平和で護衛の出番なんてありません」

 実際に、いつも二人で森へはいると、リアは好きなようにイチゴや薬草を摘んでいる。
 稀に瘴気が流れてきて、魔物が凶暴化することもあるが、たいてい大人しく、魔物が人里に降りてきて農作物をあらしたり、ましてや人をおそったりすることなどない。

「不思議だね。リアが来た途端、魔物たちが鎮まったようだ。毎日祈りを捧げていてくれるからだろうか」
「まさか」

 リアが笑って首をふる。確かに自分の中にある神聖力を感じていた。だが、きっと護国聖女などという御大層なものではなかったのだろう。

「しかし、君が来る少し前に、ここの森が荒れたのは確かだよ」
「どうなのでしょう? アリエデでは惑いの森と恐れられ、入る者はいませんでした。
 だけど実際に森にはいってみると、西の方から聖なる気が流れてきたんです。それをたどるうちにクラクフに着きました。やはり私は関係ない気がします。それにこちらの魔物たちはもともと小さくて大人しいのですよね」

 ルードヴィヒの飼っているシムルグは頭もよく人になつき、自分で森に餌を取りに行くので、世話もいらない。

 リアも最初は驚いたが、今ではすっかり仲良くしている。そしていま彼の足元にフェンリルがうずくまっていた。焚火のそばで気持ちよさそうにまどろんでいる。人に懐く魔物は不思議と火をおそれない。黒の森ではあれほど凶悪だった魔物もここでは小型で大人しい。


「リアと出会った日はとりわけ、瘴気がひどくてね。気になって原因を探ろうかと森へ入ったんだ。すぐに帰るつもりで、馬で入ったのだがそれが仇になった。興奮した馬に森の奥まで連れていかれて、魔物に襲われ落馬した。
 それにしてもアリエデは聖女の君を失って大丈夫なのかな」
「大丈夫です。姉がいますから」
「姉?」

 リアは彼に姉の話をしていないことを思い出し、はっとした。ルードヴィヒのいつになく強い視線にさらされる。

「……姉が護国聖女だったのです」

 ルードヴィヒの表情が引き締まり、厳しいものになる。リアはそれを不安に思った。

「つまり、君は偽聖女と断罪され、国を追われ、その後釜(あとがま)に君の姉がおさまった」

 ルードヴィヒにすぐにばれてしまった。リアはかいつまんで事情を話す。

「アリエデの王太子の婚約者は君の実の姉で、君のご両親もそれを了承したということなんだね」

 彼の言葉に頷いた。言いたくはなかったが、長くこの国で暮らせば、いずれ分かることだ。未だにその事実が胸に突き刺さる。きっとリアがいなくともアリエデは平穏無事なのだろう。姉がいるから。

 プリシラはリアの死を望んでいた。父も母も同じ気持ちだったのだろうか? それを思うと苦しくて体が震える。

「リア、落ちついて」

 すぐそばでルードヴィヒの声が聞こえてきた。いつの間にかリアの背中をさすってくれている。

「リア、大丈夫だから。すまない。ゆっくりでいいと言いながら、君の事情に踏み込んでしまって。話したくなかったんだろう」
「いずれ、話さなくては思っていたことなので」

 リアは自分を納得させるようにうなずく。未だに何が正しくて、何が悪かったのか分からなくて混乱する。

 いまはルードヴィヒがいつもリアの心の傷に寄り添ってくれる。それだけで、心は落ち着きを取り戻す。たとえ、心の傷がふさがらなくとも、平穏な日常は優しく包み込むようにやって来る。



 ♢


 週に一度公爵夫妻の城へ行く。夫妻は二人をとても歓迎してくれる。
 その日もサロンで茶と焼き菓子をたのしんでいるとルードヴィヒがとんでもないことを言いだした。

「父がどうしても君に会いたいといってね。今度一緒にきてくれないか? 家族も会いたがっている」

 気楽に告げられた言葉にリアは絶句する。彼の父は国王で母は王妃、兄は王太子で弟は第三王子だ。
 そしてルードヴィヒはこの国の第二王子。
 ルードヴィヒはニコライとは全然違うという事は分かっているが、王族には苦手意識がある。ルードヴィヒが立派だからと言って他の王族も立派だとは限らない。現にみな口をそろえてルードヴィヒは変わっているという。

「私のような者が国王陛下に拝謁するなど……」
「拝謁などと大袈裟な。私の家族と茶を飲むだけだ。それに私のような者などと言ってはいけないよ」

 そう言われても腰が引ける。

「ですが……」

「大丈夫だ、リア。私は王族をリタイアした身だ。別に政治的な事は何もからまないよ」
「リタイアって何ですか?」

 この国は、かなりアリエデとは異なり、まだまだ戸惑うことが多い。

「私は体が弱ってしまってね。王族としての勤めを果たせなくなった。勤めを果たせない以上、リタイアだ」

 アリエデではそれでも王族は王族だ。リアは分かったような……分からないような気になる。とりあえず踏み込んで聞くべきではないと判断した。

 王族に会うのは不安だが、それでもルードヴィヒの頼みをむげに断りたくはない。リアは話題を変えた。

「ルードヴィヒ様、王都までどれくらいかかるのですか?」

 リアがそう尋ねると、了承と取ったのか彼が嬉しそうに微笑む。

「それは旅程によるな。リア、王都へは早く行って用事をすませた方がいい? それとも観光がてらのんびりいくか?」

 いくら父とはいえ、のんびり行くからと国王陛下を待たせる気だろうか。
 楽しそうに言うルードヴィヒに、リアは戦慄した。この国の常識と彼の常識に乖離はないのだろうかと、ときどき不安になる。

 ここの人たちはとても良い人たちばかりだが、王都はどうなのだろう。少し不安だ。

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