円満夫婦ではなかったので
名木沢夫妻


園香と別れたあとにいくつか用事をこなし松濤の自宅に帰宅したのは、午後十時丁度だった。

広い邸宅には、母と祖母が同居しているが、それぞれ好き勝手に生活している為、顔を合わす機会は少ない。

名木沢は自分の部屋がある二階に上がるとそのまま自室に向かおうとした。そのとき。

「清隆さん、お帰りなさい」

思いがけなく声をかけられた。振り向くと妻の希咲が笑顔で佇んでいた。

彼女も帰宅したばかりなのか、華やかに着飾った姿だ。

名木沢は無意識に眉を顰めてから、視線を逸らした。

「……居たのか」

居ない方がよかったのに。心の中で無意識にそう続けていた。

酷い夫だと思うが仕方がない。

疲れて帰宅したというのに、疲労が溜まるだけの彼女との会話なんてしたくない。

「ねえ、どこに行っていたの?」

希咲が一歩近づいてきた。微笑んでいるが、その目は獲物を狙うかのように油断がない。

「仕事だ。何か用があるのか?」

「たまには夫をお出迎えしようかと思って。最近、妻の役目を果たしてないかなって気が付いたんだ」

「柄にもないことを」

名木沢は乾いた笑いを漏らした。

彼女が今日、冨貴川瑞貴と会っていたと知っているだけに、わざとらしいとしか思えない。

「清隆どうしたの? 機嫌悪くない?」

希咲が明るく言いながら清隆の腕を両手でつかむ。

まるで絡め取られたような、不快感が込み上げて、咄嗟に手を振り払いたくなったが理性で堪えた。

(冨貴川なら喜ぶんだろうな)

彼は希咲に夢中な様子だ。

自分の妻に離婚を告げられてもなお、希咲を何よりも優先しているくらいで、名木沢からすると馬鹿げた行動だ。

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