円満夫婦ではなかったので
「お疲れさまー」
ショールームのある商店街から山手方面に向けて坂を十五分程上ったところに、青砥が予約してくれたレストランがあった。
かつて外交官が暮らしていた古い洋館を改装したそうで、クラッシックで上品な雰囲気な外観だ。
「お疲れさまです。とても素敵なお店ですね」
園香が素直に感想を述べると、青砥は誇らしげに微笑んだ。
「でしょう? 料理も絶品だから期待していてね」
初めて会ったときは真面目な印象だった青砥だが、実は気さくな人柄で今では園香にも親しく接してくれている。
「今日で一週間経ったけど、問題なく続けられそう?」
「はい。いずれはフルタイムで働きたいなと思ってるんです」
「え、本当? それは部長も喜ぶよ。この前、正社員として働く気ないのかなって言ってたのよ。園香ちゃんは本部にいただけあって、即戦力だからね」
部長と言うのはショールームの責任者のことだ。仕事で彼と関わる機会は少ないが、気にかけて貰えるのは嬉しい。
「まだまだ勉強中の立場ですけど。でも認めて貰えるように頑張りますね」
「勉強だなんて……園香ちゃん覚え早いし、もうすっかり慣れてるように見えるけどな……あ、でも怪我のリハビリ中だったっけ?」
ショールームで勤務する前に、怪我で療養していたという事情は報告してあり、指導役の青砥も把握している。
「四月にオフィスビルの階段から落ちてあちこち怪我をしたんですけど、幸い骨折には至らなかったのでもう殆ど治ってます」
「階段から? うわあ痛そう……大変だったね?」
青砥は顔をしかめながら言う。
「そうですね。怪我してから階段にはかなり気を付けるようになりました」
「うん。そうした方がいいよ。私も自宅の階段で五段くらい滑ったことがあるんだけど、背中打って悶絶したもの。意外と危ないんだよね。まあ私はすぐにエスカレーターとかエレベーターを使っちゃうから、外で階段を使う機会は少ないんだけど」
「あ、私もそうですよ。運動不足だから歩いた方がいいと分かってるんですけど、面倒がってつい……」
“階段を避けてしまう”と続けようとした園香は、違和感を覚え口ごもった。