ツンデレ副社長は、あの子が気になって仕方ない
11. 貴志side 御曹司の憂鬱


「……はぁ、胃が痛い」

ぽつりと響いた声を耳が拾い、オレはスマホから視線を上げた。

「昼に変なものでも食べたのか? 望月、悪いがどこかコンビニにでも停めて――」
「違ぁああうっ!!」

突然喚きだしたユキに、オレはもとより、運転手(望月)もドン引きだ。

「なんなんだ、いきなり。びっくりするだろうが」

眉根を寄せて隣を見れば、憤然と腕を組んだ相手の小柄な体が後部座席のシートにどっかとそっくり返る。

「だいたいね、貴志のせいなんですからねっ」

「はぁ?」
オレのせい?

「胃が痛くもなるでしょ、そんな辛気臭いカオで取引先に出向く副社長のお供だなんて! まったく、こっちの幸せまで逃げたらどうしてくれるのよ!」

ユキが言い放つなり、運転席から小さく噴き出す声。
「し、失礼しました」

寡黙な彼にしては珍しい。

「なんだよ、望月まで。オレのどこが辛気臭いカオだって?」

ぺたぺたと触ってみるが、いつも通りだ。
怪訝そうなオレを横から見つめる視線は冷ややか、というより呆れ気味だ。

「わからないなら、相当末期ね。ほらほら、観念してスマホを寄越しなさい。朝からずーっと、何をそんな思いつめた切なぁい目で見ているのかしら?」

手荷物検査をする教師のような口ぶりで手を差し出されたが、もちろん拒否する。

「なんで見せなきゃいけないんだ。減ったらどうす――」
「減らんわっ」
神がかったスピードで突っ込みを入れてから、ユキはやれやれといった風にかぶりを振った。
「はいはい、いいのよ。大事な織江ちゃんだもんね、独り占めしてくれて結構。だけどね、上手くいってるんでしょう? どうしてそんな世界の終わりみたいな顔してるのよ?」

もっともな指摘に言葉を飲み込み、オレはスマホに目を落とす。そこに映っているのは、咲き群れる紫陽花をバックにした織江だ。

まだ少しぎこちないその笑顔を見つめるたび、気持ちを全部持っていかれてることを自覚する。
まさかこのオレがここまで――と胸の内でつぶやきながら、無遠慮に注がれる探るような視線を避け、窓の外へと顔を向けた。

「いいだろ、別に。いろいろあるんだよ」

窓ガラスには雨粒が打ち付けては流れ、周囲の景色を曖昧に歪めている。
“辛気臭い”らしいオレの顔もまた、ぐにゃりと歪んで映っていた。

「いろいろねぇ」

不満げな言葉を聞き流し、オレはここ1か月の出来事に想いを馳せた。

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