真夏の夜の夢子ちゃん
ものすごい脱力感と喉の乾きを感じながら立ち上がり、洸平は台所へ向かった。
冷蔵庫の中にはジュースのペットボトルが冷えている。祖父の家には麦茶と酒しか存在しないので、あらかじめ買って持ってきたのだ。

近くにコンビニもないからな。

冷蔵庫の扉を開けたままゴクゴクとコーラを飲んでいると、玄関の戸が開く音と「ごめんください」という声がした。

面倒くさいなぁと思いながら玄関へ行くと、見たことのある年配の女性が立っている。

「あら、嶋宮さんとこのお孫さんね。」
女性は笑うと、「隣の本庄《ほんじょう》です」と言った。

…嶋宮《しまみや》?
あぁ、じいちゃんの名字か。

母親の旧姓。

この人のことも思い出した。
小さい頃、よく俺にお菓子をくれた人だ。隣の家といっても、何十メートルも離れてるけど。

「じいちゃんと母さん、今お墓参り行ってて…。」

「いいのよ。お仏壇にお線香あげに来ただけだから。」
そう言って、本庄さんはサンダルを脱いで、案内もしていないのに真っ直ぐに仏間に向かった。

田舎ならではの光景である。

本庄さんが仏壇に手を合わせている間に洸平はコップに麦茶を注ぎ、テーブルに置いた。母親がいつもしていることを真似てみた。

「洸平くんだったっけ?大きくなったわねぇ。」
本庄さんは、麦茶を一口飲んで目を細めた。

「…はい。」

とりあえずテーブルに向かい合って座ったものの、何を話したらいいのかわからない。おそらく70歳は超えているであろうこの女性と、話が合うとも思えないのだが。

洸平は必死に話題を探した。
「あの…本庄さんは小さい頃からこの町に住んでるんですか?」

「…ええ。そうだけど。」

洸平は少し身を乗り出した。
「あの…川の向こうの山の中って、集落があったり人が住んでたりしますか?」

「…山?」
本庄さんは少し首を傾げた後、あぁという顔をした。
「あのキャンプ場がある山のこと。嶋宮家のお墓も途中にあるでしょう?」

「はい。」

「今はあの山には誰も住んでいないと思うけど。昔は地主さんの大きなお屋敷があったんだけどね、山を売り払って引っ越した後には壊されているし。」

「…そうですか。」
洸平は呟くように言った。

あの女の子はあの山の中に家があると言っていた。
どういうことだろう。
本庄さんが知らないだけなのか…それとも女の子が嘘をついているのか?

その後10分程して、祖父と母親が帰ってきた。そのまま仏間で3人の世間話が始まってしまったので、洸平は部屋に戻ることにした。

廊下の窓から見える夏の空はどこまでも青い。そんな空を眺めていたら、急に眠気が襲ってきた。

部屋に入ると、洸平はすぐさま布団に倒れ込んで目を閉じた。
まぶたの裏にはあの子の微笑んだ顔が焼き付いていて、今夜もまた会えますようにと願った。
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