真夏の夜の夢子ちゃん

洸平 17歳

「えっ。今年もじいちゃん家行かないの?」
洸平は、キッチンで洗い物をしている母親に向かって言った。
「去年も行かなかったのに?」

仕事が休めなくなったのだと母親は言う。去年もそうだった。

あの子に会えるチャンスは年に一度、祖父の家に滞在するお盆の間だけだというのに。来年の夏は大学受験のために忙しいだろうし、今年行けないとなると、次はいつになるかわからないじゃないか。

洸平は、少し苛立った。

「洸平、そんなにおじいちゃんの家に行きたいなら一人で行ってくる?もう高校生だし、大丈夫でしょ?」
母親が笑いながら言う。

バカ言うなよ。
電車を何回も乗り継いで、半日以上かかる距離だぞ。

しかもあの家に祖父と二人きりという状況に耐えられる自信がない。

「…いや、無理。」

母親の提案を一旦は却下したものの、翌日になると、洸平は意気揚々と荷造りをしていた。

祖父と二人きりの一週間は正直不安だし、向こうも自分を歓迎していないかもしれない。しかしそんなことよりも、あの子に会うことの方が重要だ。
そう考え直した。

一昨年。
キスをしたあの日の翌日、何時間もバス停で待っていたがあの子に会えなかった。「明日も待ってる」と言った自分の言葉が聞こえていなかったのかなと思った。
祖父の家の押し入れの奥の奥に隠しておいた、彼女の下駄も持って行ったというのに。

あの雨の日に自分が持ち帰ってしまった下駄。あの子がスニーカーを返してくれたことで思い出したのだ。

だからその次の日も次の日もバス停へ行ったが、あの子は来なかった。

あの子に会いたい。

もう洸平には、それしかなかった。

またキスをしたいからとか、そういうやましい理由ではない。

…いや、実際それもあるのだが。
でも、それだけではない。

あの子ともっと話がしたい。
あの子ともっと一緒にいたい。

…きっと俺は、あの子のことが好きなんだと思う。
蛍を潰してしまって泣いていたあの子を初めて見た時から、俺は彼女に取りつかれてしまったんだ。

高校に入ってから、洸平にも彼女ができた。何人かとつきあったが、どうもしっくりこない。

髪の毛の質感もキスの感触も、あの子とは全然違う。違って当たり前なのに、納得できない。
一応セックスも経験したが、あの子ならどんな反応をするのだろうと、そればかり考えていた。目の前の彼女ではなく、記憶の中のあの子を想ってイった。

したがって当然、つきあった女の子とは長続きしなかった。

あの子じゃなきゃダメなんだ。

洸平は、確信していた。
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