真夏の夜の夢子ちゃん
「綺麗だったから…」と言いかけて、女の子はポロポロと涙をこぼした。

蛍が綺麗だったから捕まえたが、力を入れすぎて潰れてしまった。
そう言いたいのだろうと思った。

どうしよう。
潰れた虫なんてこの上なく気持ち悪いが、このまま立ち去るわけにもいかない。

「…お墓作ってあげる?」
洸平は女の子の手の中を覗き込んで言った。女の子が静かに頷く。
うつむいた顔の、そのまつ毛の長さに心臓が早くなった。

洸平はその場にしゃがみ込むと、指で地面に小さな穴を掘った。
そこに潰れた蛍を入れると上から土をかぶせて、近くにあった平べったい石を置いた。

洸平が両手を合わせて目を閉じると、女の子も真似をした。
「きっとこの蛍は天国に行けるよ。」
そう言うと、女の子は目に涙を溜めたまま微笑んだ。その表情に、また心臓が早くなる。

虫の死骸なんて土の中の微生物に分解されて、何日もしないうちに地面の一部になる。そんなこと5年生の洸平でも知っている。
お墓を作るなんてバカみたいなことをしていると思ったが、女の子が嬉しそうなのでこれでいいかと思えた。

「洸平ーっ。帰るよー。」
後ろから母親の声がしたので、洸平は立ち上がって「はーい」と答えた。

そしてバイバイを言おうと振り返ると、そこにはもう女の子の姿はなかった。辺りを見回してみるが、白い浴衣はどこにも見えない。

母親の元に駆け寄り、一緒にいた女の子を見なかったかと尋ねたが、母親は見ていないと言う。
「洸平しか見えなかったわ。」
そう言って不思議そうな顔をした。

あの子は誰だったんだろう。
この町の子なのかな。
名前くらい聞いておけばよかった。

翌日の夜、洸平はまた同じ川べりに行ってみた。もう一度会えるかもと思ったのだ。

相変わらずたくさんの蛍が光りながら飛び交っていたが、あの女の子には会えなかった。
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