真夏の夜の夢子ちゃん

洸平 12歳

今年はいつ祖父の家に行くのかと母親に尋ねたら、ひどく驚かれた。
「洸平はおじいちゃんの家、嫌だって言ってなかった?」
そう言いながら、母親は嬉しそうな顔をする。

「田舎も落ち着くなぁって思って…。」
適当なことを言った。

洸平はこの一年、事あるごとにあの女の子のことを思い出した。
長い黒髪を見ればあの子かと思い、地元の祭りで白い浴衣を見かければ顔を確かめに行った。

あの子にまた会いたい。

自分を見つめる大きな目とふっくらした唇を思い出すと、洸平の体はムズムズする。

お盆が近くなって、今年も母親と2人での帰省になった。父親は行かない。わざとこの時期に仕事を入れているのだろうと思った。

祖父の家は相変わらず暑くて、インターネット環境は最悪だ。今どきの12歳にとっては縄文時代にも等しい。
しかし今年の洸平には、あの女の子に会うという目的がある。
心が騒いで仕方ない。

祖父の畑で取れた夏野菜ばかりの夕飯を急いで腹に詰め込むと、洸平は家を飛び出した。一年前に、あの子に会った蛍の川を目指す。

確実に会えるとは限らない。そんなことはわかっているが、何となくこの時間にあの場所でないとあの子に会えないような気がした。

川べりには蛍を見に来たであろう人々が数人いて、「きれいね」とか「すごい」などという囁き声が聞こえてくる。
しかし蛍などどうでもいい。洸平は暗がりの中を目を凝らして、いるかもわからないあの子の姿を探した。

…そして見つけた。

人が集まっている場所から少し離れた川べりに、白い浴衣を着た女の子がポツンと立っている。

長い黒髪の後ろ姿は去年よりも少し背が高い気がしたが、成長期の一年だ。身長くらい伸びる。
洸平だって一年で15cm伸び、160cmを超えた。

「…こんばんは。」
後ろから近づいて声を掛けると、女の子はゆっくりと振り返った。
大きな丸い目と白い肌、ぷっくりとした唇。
顔つきが少し大人びたようだが、間違いなくあの子だ。

心臓が早くなった。

「…こうすけ。」
女の子がにこっと微笑む。

だから「こうすけ」って誰だよ、と思いながらも洸平は否定しなかった。
「あの…俺のこと、覚えてる?」
洸平が尋ねると、女の子は不思議そうな顔をした。

覚えてないのかな。
まぁそれも無理ないか。
去年会ったときも辺りは暗かったし、自分の顔も一年経って、多少なりとも変わったかもしれない。

それでもずっと会いたかったこの子に会えた。
そのことがただ嬉しい。
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