彼はB専?!
「和木坂課長がB専・・・?」
家に帰り着いた私は、一眼レフのカメラを定位置に戻し、服を脱ぎ捨て、バスルームへと駆け込んだ。

シャワーを浴びながら、クレンジングクリームを顔に塗りたくり、ジャバジャバとお湯で顔を洗い流し、幸田ミチルのメイクを落とす。

バイバイ、幸田ミチル。

そしてお帰りなさい、臼井ちさ。

タオルで顔を拭き、鏡に映った薄い顔の自分をみつめる。

これが素顔の、臼井ちさに戻った私。

濡れた長い髪を持ち上げて、右を向き、左を向き、妖艶なポーズをとってみる。

バスタオル一枚で細い肩が剥きだしになった姿の私は、少しだけ色っぽく見えた。

100歩譲って、和木坂課長がこの臼井ちさを好きになったのなら、まだ話はわかる。

こんな幸薄そうな顔だけど、好きだと言ってくれた男性も過去にはいたのだから。

なのに、なんで和木坂課長は幸田ミチルの私を好きになったの?

だって眉毛が太くて、ほっぺたが真っピンクで、ビン底眼鏡で、おブスな幸田ミチルだよ?!

やっぱりありえないよ。

今日のことは、私の願望が見せた夢だったのかも・・・。

「はっくしょん!はっくしょん!」

まずい。長時間裸に近い恰好をしていたから、連続してくしゃみが出てしまった。

風邪を引いて仕事を休むことになったら大変だ。

私はあわてて部屋着に着替え、床にごろんと寝転んだ。

バッグからスマホを取り出し、帰り道にもう何回も繰り返し見ては喜びのため息をついた、和木坂課長のラインアカウントを開いてみる。

図らずとも和木坂課長のプライベートの連絡先をゲットしてしまったことに心が躍る。

和木坂課長のアイコンを見ると、藍色と白のコントラスが美しい四角い乗り物が表示されていた。

「ん?なにこれ。」

よく目を凝らしてみると、それはどうやら電車のようだった。

電車に詳しくない私は、その乗り物の正式名称はわからなかったけれど、かなり古い車両であることは確かだった。

そして和木坂課長が自己紹介の時、趣味は旅行だと言っていたことを思い出した。

「旅行の時に撮った写真なのかな?和木坂課長、旅行は車じゃなくて電車派なのかも。」

もし和木坂課長の彼女になったら、一緒に旅行に行ったりできるのかな?

出来れば自然の豊かな所へ行ってみたい。

箱根登山鉄道で色とりどりの紫陽花を眺めるの。

伊豆シャボテン公園で温泉に浸かるカピバラさん達を見るのもいいなぁ。

そんな未来を思い浮かべ、思わず顔がにやける。

それにしても、今日の和木坂課長、素敵だったな。

職場でのスーツという戦闘服を着て氷のような厳しい姿も恰好いいけど、カジュアルな私服で柔らかな表情の和木坂課長も新鮮ですごくイイ!

可愛い猫プラス和木坂課長・・・尊い・・・。



その時、突如ピロピロリン♪とスマホが鳴った。

ラインの着信音だ。

見ると、和木坂課長からのメッセージだった。


「わっ!こんなに早く?!」

私はあわてて身体を起こし、そのメッセージを何度も読み返した。



(今日はありがとう。君と話せてとても楽しかった。)


(しつこいようだけど、俺は君と本気で付き合いたいと思っている。それは信じて欲しい。)


(また会える日を楽しみにしてる。おやすみ。良い夢を。)



・・・・・・夢じゃなかった!

なんて誠実でストレートなメッセージなんだろう。

それはイコール和木坂課長の優しくて実直な人柄を表しているようだった。

そうだ!私もすぐにお返事しなきゃ!



(こちらこそ、今日はありがとうございました!)



(すごく楽しい一日でした!)



(私も和木坂さんのことが好・・・・・・)



そこまで文字を打ち込んだ時、己の置かれた状況をハッと思い出した。

和木坂課長は臼井ちさを好きなわけじゃない。

幸田ミチルが好きなんだ。

どうしよう、どうしよう。

こんなニセモノの私なんて、和木坂課長に会う資格なんてないよ。

でも、また会うって約束しちゃったし・・・。

どうする?

このメッセージを無視して、フェードアウトすることも出来る。

それか、お付き合いできません、とメッセージを送ればそれで全ては終る。

でも・・・・・・。

会いたい。

もう一回、プライベートの和木坂課長に会いたいよ。

会って、職場では見られない、和木坂課長をもっと深く知りたい。



「ねえ、マリモ。私、どうしたらいいの?」

私がマリモを抱きしめると、マリモは「にゃあ」とだけ鳴いた。



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