彼はB専?!
「今夜は君と飲みたい気分なんだ」
和木坂課長と約束した水曜日がやって来た。
今日は更衣室のロッカールームに大きなカバンが詰め込まれている。
カバンの中身は、幸田ミチルになるための洋服やバッグや靴。
いくら私が職場でモブだからといって、気を緩めてはならない。
和木坂課長には私、臼井ちさが幸田ミチルだと、決して気づかれてはならないのだ。
だってそんなことがバレたら、私は速攻フラれる。
和木坂課長を騙して、なおかつその正体が職場でもっとも暗いウスイサチだなんて知られたら、絶対フラれるに決まっている。
いや、フラれるだけでなく、嫌われ、軽蔑され、口さえ利いてもらえなくなるだろう。
そんなの、耐えられない!
だから幸田ミチルとしての私は今日をもってこの恋の舞台から退場し、一から臼井ちさを好きになってもらえるように頑張るんだ。
そう決心したんだ。
ネイビーのストライプスーツで決めている和木坂課長を遠くの席から眺め、トキメキと切なさが混ざり合った感情で胸が苦しくて押しつぶされそうになる。
「今日の課長、なんかお洒落っすね!もしかしてデートっすか?」
空気の読めない新人君が、周りのヒンシュクの目を物ともせずに大声で和木坂課長を茶化す。
「ま、そんなとこ。」
しかし和木坂課長は嫌な顔ひとつせず、むしろ上機嫌な様子で、そう受け流した。
和木坂課長の机の上は、いつも置かれているファイルが今日は見当たらず、スッキリとしている。
もしかして、幸田ミチルと会うために、仕事量をセーブしている?
そんな和木坂課長のプライベートを知っているのは、この広いオフィスの中でも私だけ。
そう思うと、ほんの少しの優越感に、心が満たされた。
ああ、このままの姿で和木坂課長の彼女になれたなら、どんなに嬉しいことだろう・・・。
カタカタカタ・・・。
終業時間まであと5分。
終業時間が来たら、すぐに職場を出て、漫画喫茶で着替えと化粧を済ませ、和木坂課長との待ち合わせ場所へ向かう。
「臼井さん。」
そう名前を呼ばれ、イヤな予感がした。
そしてそういう時の予感は大体当たる。
振り向くと、今日は林田係長が紙の束を私に手渡して、悪びれもなく言った。
「悪いけど、このデータ、打ち込んどいてくれる?なるはやで。」
「なるはや・・・って、どれくらいまでですか?」
「うん。明日の午前中まで。」
そんな!
だったら今日残業しないと間に合わない。
「スミマセン!私、今日は大事な用事があって・・・」
「そんなこと言われても、今日は僕も子供の誕生日だから、早く帰らないと奥さんに怒られちゃうんだよ。どうせ臼井さんの用事なんて、友達と飲みに行くとかそんな事でしょ?だったら今日は断ってよ。」
林田係長は家族には優しく部下には厳しいと評判で、所内でもトップクラスの嫌われ者だ。
そしてその負担は、直属の部下である私に全て降りかかる。
きっともう、何を言っても林田係長には通じない。
「・・・・・・わかりました。」
「最初から気持ちよく引き受けてよ。
君はもう新入社員じゃないんだからさ~。」
「・・・・・・はい。」
私は俯きながら、消え入りそうな声でそう返事をした。
悔しくて涙がこぼれそうになる。
そしてこんな大事な日にも、はっきりと断れない弱い自分が情けない。
今日の和木坂課長とのデートはドタキャンだ。
私はこっそり和木坂課長へラインメッセージを送る。
(すみません。今日は残業になってしまい、行けそうもありません。本当にごめんなさい。)
私がメッセージを送ると、和木坂課長は内ポケットからスマホを取り出し、その内容を確認したあと、両手で頬杖をつき、大きくため息をつき、そして項垂れた。
わかりやすく落ち込んでる!
ごめんなさい、ごめんなさい、本当にごめんなさい!!
・・・でも、ほんの少しだけホッとしている自分もいる。
和木坂課長に別れを告げるという辛い仕事が、先延ばしになったことに。
今日は更衣室のロッカールームに大きなカバンが詰め込まれている。
カバンの中身は、幸田ミチルになるための洋服やバッグや靴。
いくら私が職場でモブだからといって、気を緩めてはならない。
和木坂課長には私、臼井ちさが幸田ミチルだと、決して気づかれてはならないのだ。
だってそんなことがバレたら、私は速攻フラれる。
和木坂課長を騙して、なおかつその正体が職場でもっとも暗いウスイサチだなんて知られたら、絶対フラれるに決まっている。
いや、フラれるだけでなく、嫌われ、軽蔑され、口さえ利いてもらえなくなるだろう。
そんなの、耐えられない!
だから幸田ミチルとしての私は今日をもってこの恋の舞台から退場し、一から臼井ちさを好きになってもらえるように頑張るんだ。
そう決心したんだ。
ネイビーのストライプスーツで決めている和木坂課長を遠くの席から眺め、トキメキと切なさが混ざり合った感情で胸が苦しくて押しつぶされそうになる。
「今日の課長、なんかお洒落っすね!もしかしてデートっすか?」
空気の読めない新人君が、周りのヒンシュクの目を物ともせずに大声で和木坂課長を茶化す。
「ま、そんなとこ。」
しかし和木坂課長は嫌な顔ひとつせず、むしろ上機嫌な様子で、そう受け流した。
和木坂課長の机の上は、いつも置かれているファイルが今日は見当たらず、スッキリとしている。
もしかして、幸田ミチルと会うために、仕事量をセーブしている?
そんな和木坂課長のプライベートを知っているのは、この広いオフィスの中でも私だけ。
そう思うと、ほんの少しの優越感に、心が満たされた。
ああ、このままの姿で和木坂課長の彼女になれたなら、どんなに嬉しいことだろう・・・。
カタカタカタ・・・。
終業時間まであと5分。
終業時間が来たら、すぐに職場を出て、漫画喫茶で着替えと化粧を済ませ、和木坂課長との待ち合わせ場所へ向かう。
「臼井さん。」
そう名前を呼ばれ、イヤな予感がした。
そしてそういう時の予感は大体当たる。
振り向くと、今日は林田係長が紙の束を私に手渡して、悪びれもなく言った。
「悪いけど、このデータ、打ち込んどいてくれる?なるはやで。」
「なるはや・・・って、どれくらいまでですか?」
「うん。明日の午前中まで。」
そんな!
だったら今日残業しないと間に合わない。
「スミマセン!私、今日は大事な用事があって・・・」
「そんなこと言われても、今日は僕も子供の誕生日だから、早く帰らないと奥さんに怒られちゃうんだよ。どうせ臼井さんの用事なんて、友達と飲みに行くとかそんな事でしょ?だったら今日は断ってよ。」
林田係長は家族には優しく部下には厳しいと評判で、所内でもトップクラスの嫌われ者だ。
そしてその負担は、直属の部下である私に全て降りかかる。
きっともう、何を言っても林田係長には通じない。
「・・・・・・わかりました。」
「最初から気持ちよく引き受けてよ。
君はもう新入社員じゃないんだからさ~。」
「・・・・・・はい。」
私は俯きながら、消え入りそうな声でそう返事をした。
悔しくて涙がこぼれそうになる。
そしてこんな大事な日にも、はっきりと断れない弱い自分が情けない。
今日の和木坂課長とのデートはドタキャンだ。
私はこっそり和木坂課長へラインメッセージを送る。
(すみません。今日は残業になってしまい、行けそうもありません。本当にごめんなさい。)
私がメッセージを送ると、和木坂課長は内ポケットからスマホを取り出し、その内容を確認したあと、両手で頬杖をつき、大きくため息をつき、そして項垂れた。
わかりやすく落ち込んでる!
ごめんなさい、ごめんなさい、本当にごめんなさい!!
・・・でも、ほんの少しだけホッとしている自分もいる。
和木坂課長に別れを告げるという辛い仕事が、先延ばしになったことに。