彼はB専?!
「臼井ちさで来たら認めてやるよ」
要さんのご自宅は、都内の下町にある和風建築な一軒家だった。

築年数は古そうだけれど、門も庭の草木も綺麗に手入れされていて、要さんのおばあ様がしっかりとした老婦人であることを物語っていた。

玄関の扉を開けると、要さんは大きな声で中にいるであろう人に呼びかけた。

「ただいま!バアちゃん、いる?」

「要かい?お帰り。」

廊下の奥から出迎えてくれたのは、ローリングストーンズの黒いTシャツにジーパンを履いた粋な老婦人で、この方が要さんのおばあ様なのだろう。

玄関に佇む私を見ると、おばあ様は一瞬ギョッとしたような顔をした。

私があまりにもブサイクだから驚いたのだろうか?

しかしすぐに何事もなかったかのように要さんに尋ねた。

「この娘さんかい?デートのお相手は。」

「ああ。紹介するよ。こちら、幸田ミチルちゃん。」

「幸田ミチルです!よろしくお願いします!」

私が頭を下げると、おばあ様はくるりと背中を向けて、「入りな。」とだけ言った。

おばあ様は廊下の奥にあるふすまを開け部屋の中に入って行き、私と要さんもその後に続いた。

10畳ほどあると思われる畳の部屋で、古い茶箪笥やちゃぶ台、そしてそれらには似つかわしくない大型テレビが置かれている。

テレビの液晶画面には洋楽のヒットチャートが流れていた。

私は用意されていた座布団の上に正座した。

「待ってな。今、お茶を入れるから。」

「あっありがとうございます。」

私が恐縮して固まっていると、要さんが「かしこまらなくてもいいよ。ウチのバアちゃん、ちょっと怖そうに見えるけど、気のいい人だから。」と小声で言った。

「にゃお。」

廊下からエキゾチックショートヘアのぽっちゃり猫が要さんの足元にすり寄って来た。

「お。ケンケン。ただいま。」

要さんはケンケンを抱き上げた。

「ケンケンちゃん。こんにちは。」

私が頭を撫でると、ケンケンが気持ちよさそうにノドを鳴らした。

エキゾチックショートヘアはブサ可愛いで有名な猫だ。

ケンケンもそのふてぶてしくも愛嬌のある顔で、要さんに身を預けている。

・・・やっぱり要さんはB専?

まもなくしておばあ様が、湯飲みに入った日本茶とかりんとうの入った皿をおぼんにのせて戻ってきた。

目の前に茶托に乗せられた湯呑み茶碗が置かれた。

「おばあ様、本日は突然お邪魔してしまいまして・・・」

私が畳に手をついて頭を下げると、おばあ様はホッホッホッっと高らかに笑った。

「おばあ様はよしとくれ。菊江でいいよ。」

「あっ、じゃあ菊江さんとお呼びします。」

そう言って顔を上げた私は、自分を落ち着かせる為に、出された日本茶をゆっくりと啜った。

「・・・で?式はいつ頃にするんだい?」

「し、式?!」

私が目を白黒させていると、要さんがあぐらをかきながら焦った声をだした。

「バアちゃん!気が早いよ。俺達はまだ付き合い始めたばかりなんだから。ね?ミチルちゃん。」

「・・・・・はい。」

罪悪感で胸が痛い。

幸田ミチルなんて本当はいないのに・・・。

「だってアンタ達、婚活パーティで知り合ったんだろ?結婚する気満々で付き合ってるってことだろ?だったら話は早いじゃないか。さっさと結婚してひ孫の顔を見せとくれ。アタシは先行きもう長くないんだから。」

そう言って菊江さんは、かりんとうをポリポリと食べ始めた。

「縁起でもないこと言うなよ。バアちゃんにはまだまだ長生きしてもらわなきゃ困る。」

「そう心配しなくても、要の幸せを見届けるまで、アタシは死にはしないよ。」

菊江さんは金歯が光る口を開いてニタリと笑った。

「そりゃそうと、ミチルさんに要ご自慢のコレクションを見せてやったらどうだい?」

「そうだな。ミチルちゃん、俺の部屋へ行こうか。」

「は、はい。」

コレクションってなに?

私は要さんの後について、二階へ続く階段を上った。

廊下のすぐ手前にある要さんの部屋は6畳ほどの和室で、黒いシーツで綺麗にベッドメイキングされたベッドとパソコンが置かれているステンレス製の机、そしてひときわ大きな本棚があった。

一見して普通の、綺麗に片付けられた男の人の部屋だったけれど、その本棚の中身を見て私は息を飲んだ。

そこにはズラリと鉄道模型の数々が並んでいた。

模型の他にも切符や様々な鉄道グッズが、所狭しと並べられている。

「これが俺のコレクション。こういう趣味って理解されないことも多いんだけど・・・もしかして引いた?」

「そんな!引かないです。素敵な趣味だと思います。」

私の言葉に、要さんは少しホッとしたような笑みを浮かべた。

「俺の見た目だけで好意を寄せてくる女子って、俺が鉄道オタクだって知ると手の平を返したように、思っていたのと違うと言って離れていく。でもミチルちゃんはそんな女の子じゃないって信じてた。」

要さんは本棚から蒸気機関車の模型を手に取ると、嬉しそうに語り始めた。

「これはね、113系○○番台の希少価値がある模型で、オークションで競り落とした。で、これは・・・」

なるほど・・・要さんは鉄オタだったんだ!

そういえばねこんかつの自己紹介の時、趣味は旅行だって言ってたっけ。

あれは鉄道旅行のことだったんだ。

「それでこっちがもう手に入らない幻の列車○○○」

「へえーカッコイイですね!」

私はわからないながらも、一生懸命解説をしてくれる要さんに相槌を打った。

「・・・俺、実は撮り鉄でもあるんだ。子供の頃父によく新幹線を見に連れて行ってもらって、そこから鉄道にハマった。ミチルちゃんとも一緒に電車の写真撮りに行けたらいいなと思ってる。ミチルちゃんの好きそうなレトロな列車も沢山あるよ。」

瞳を輝かせて語る要さんは少年みたいで可愛かった。

「あ、ごめん。俺ばっかり話しちゃって。」

「いえ!全然。私も要さんと一緒に電車の写真、撮りたいです。」

「うん。いつか必ず行こう。」

もし要さんと結婚して一緒に住むことになったら、私の趣味のレトロ雑貨の横に鉄道グッズが並ぶんだろうな。

でも要さんと結婚出来るなら、それでもいい。

・・・って。

何を夢みたいなことを考えているの?

今の私は幸田ミチルでニセモノなんだから。

今、ここでちゃんと話さなきゃ。

もう要さんを騙し続けていてはいけない。

これ以上話が進んでしまう前に、要さんに本当のことを言わなきゃ。

私は意を決すると、要さんに言った。

「あ、あの、要さん?大事なお話が・・・」

その時、要さんのスマホの着信音が鳴った。

「ん?あ、ちょっとゴメン。・・・・もしもし、和木坂です・・・」

大事なところで、邪魔が入ってしまった。

せっかく決心がついたところなのに。

要さんの声色が厳しい口調になり、大きくため息をついたあと、スマホの通話を終えた。

「ミチルちゃん、ゴメン。俺から誘っておいて申し訳ないけど、急用が出来た。友人が車で事故ってその付き添いを頼まれてしまって・・・話はまた今度でいいかな?」

「・・・はい。」

「いい話を期待しているよ。」

要さんはそう言って私の髪にキスをした。

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