離婚前提から 始まる恋
「辛かったらシートを倒して眠っていいからな」
会場を出て車に乗り込み、走り出した車中で助手席に座る私を振り返ることもなく言われた言葉。

「平気よ」
私はできるだけ元気に返した。

別に体調が悪いわけでも、疲れているわけでもない。
今ここでそのことを主張すれば喧嘩になりそうだから言わないけれど、私はすこぶる元気だ。

「ならなんで、兄貴に抱えられているんだよ」

え?

ボソリと漏れた、聞こえるか聞こえないかの小さなつぶやき。
その声に、私は反論することができなかった。

人目のあるパーティー会場で目立つ行動をとったことが気にいらなかったのか、尊人さんに迷惑をかけたことが気に入らなかったのか、勇人の怒りの原因がどこにあるのかははっきりしないけれど、怒っているのは間違いない。
この場合悪いのは、やっぱり私なのだろう。

「勇人忙しいのに、ごめんなさい」
きっとまだ仕事が残っていたはずなのに送ってもらって申し訳ないと謝った。

「気にするな。関係者への挨拶はたいてい終わったし、後は里佳子がいてくれれば用は足りる」
「里佳子さんのこと、信頼しているのね」
「当たり前だ。秘書を信頼できないでは、仕事にならないだろ?」
「それはそうだけれど・・・」
私が言いたいのはそこじゃない。

私だって、里佳子さんがただの秘書なら気にしたりはしない。
勇人が気づいていないのか、気づかないふりをしているのかはわからないけれど、里佳子さんが勇人のことを好きなのは見ていればわかる。
それなのに、私は何も言うこともできない。
だって、勇人にとって私はただのお飾りの妻。
あと数ヶ月すれば離婚することが決まっているのだから。
< 60 / 233 >

この作品をシェア

pagetop