エリート御曹司に愛で尽くされる懐妊政略婚~今宵、私はあなたのものになる~
 たしかに秀夫の言う通りだ。運よく清貴は加美電機という会社やそこでの仕事が好きだったからよかったものの、それでもプレッシャーは感じていた。

 もし加美家に生まれてきた子どもがそういったものに興味をもてなかったとしたら、その子も会社にも悲しい結末をもたらしてしまう。

「親父……だったら俺はまだ跡を継ぎたいと思ってもいいんだな」

「あぁ。ただお歴々の説得はかなり難しい。今までの清貴の実績をもってしてもだ。だが、やれるよな。菜摘さんのために」

「あぁ。もちろんだ」

 清貴の顔が輝くような笑みを浮かべる。ここから先解決しなくてはいけない問題も多いが受けて立つという自信にみなぎっているように見える。

「菜摘さん、面倒な家で本当に申し訳ない。これに懲りずに加美家のひとりとして暮らしてくれないか?」

 秀夫の温かい言葉に、菜摘はまた涙を流す。

「こちらこそ、心配ばかりかけてしまいますが……よろしくお願いします」

 菜摘の涙を見て耐えきれなくなったのか、祥子もハンカチで目元を押さえている。

 賢哉や桃子がいたが、家族とは縁遠い人生を送ってきた菜摘にとって、この秀夫と祥子ふたりのやさしさは胸の深いところに染みる。清貴と結ばれたことで新たにもたらされた菜摘の家族。

 その人たちを悲しませないように、大切にしようと改めて決心をした。

 加美家を出たのが日付が変わる少し前だった。ふたりの住むマンションに到着したときにはすでに日付が変わっていた。
 
「疲れただろう、風呂に入るか?」

「うん、その前に少し休憩しようかな」

 広島からの移動に加え、義両親への謝罪。正直すぐにシャワーに入れない程疲れている。

「そうか、わかった」

 一言短く答えた清貴が、キッチンに向かう。すると戻ってきた彼が手にしていたのは、菜摘の好きなあのバニラアイスだ。

「それ……」

「菜摘がいつかえってきてもいいように、冷凍庫にたくさん買ってある。ほら、座って」

 彼に言われるままにソファに座ると、清貴はとなりに座ると菜摘の口の前にスプーンですくったバニラアイスを差し出した。

「いただきます」

 冷たさと甘さが一気に口の中に広がる。

「うまいか」

「うん」

 菜摘がうなずくと清貴が満足そうに笑みを漏らした。

「ほら、もうひとくち」

 菜摘は素直に口の開ける。その様子を清貴はじっと視線を逸らさずに見ている。
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