エリート御曹司に愛で尽くされる懐妊政略婚~今宵、私はあなたのものになる~
ふたりはすぐに区役所に向かい、署名捺印入りの婚姻届を提出した。窓口で「おめでとうございます」と声を掛けられる。
(あぁ、普通はそう言われるものなんだ……)
変なとこに感心していると、隣で清貴が「ありがとうございます」と冷静に告げてその場から歩き出した。
慌てた菜摘は窓口の人に会釈だけをして、彼の後を追った。
区役所の外に出た瞬間、太陽のまぶしさに目を細める。初夏の風が穂を撫でる。門出の日としては悪くない。
しかし淡々とした清貴を見ていると、彼にとっては入籍は彼にとっては単なる手続きのひとつくらいにしか思っていないのだろう。期待してはいけないとわかっていても、やはり気持ちは暗くなる。
そうすると知らず知らずのうちに、足取りも重くなり歩く速度が落ちる。
「菜摘、どうかしたのか?」
「あ、ごめん」
「問題ないなら早くしろ、この後も予定がある」
「うん」
戸籍上妻になったのだから、優しくしてほしい。
しかしその思いは自分のワガママだと言える。自分が清貴にやったことを思うと、図々しい願いだと理解できた。
(でも当分は傷つくんだろうな)
菜摘は小さなためいきをついて、気持ちをぐっと押し込めた。
歩き始めると清貴も同じく車に向かう。しかしそのときさっきよりも歩くスピードが遅い気がした。しかしそれも自分の願望が都合よく彼をそうしてみせているのだと思い直す。
また振り向かれないように彼についていかなければ。菜摘は無心で足を動かした。
車に乗り込んだふたりが向かった先は、一件のビルだった。看板こそなかったが清貴が扉の前に立つと中から開いた。
「加美さま。お待ちしておりました」
「あぁ。少し早いがいいか?」
「はい、本日のお客様は加美様だけですので」
その言葉に菜摘は驚いた。店の中はかなり広い。入口は大理石でできており大きなシャンデリアが燦燦と輝いている。中に入ったのに、飲食店でないことくらいしかわからない。
「清貴、ここは?」
尋ねたけれど、彼は聞こえていなかったのかそのまま奥にあるソファに座ってスマートフォンを取り出した。
「悪いが少し仕事をする。彼女のこと適当に頼む」
「え……頼むって……」
戸惑う菜摘だったが、清貴はさっさと電話をかけはじめてしまった。その代わり黒のワンピースに大胆な柄のスカーフをまとった女性が近くまできて声をかけてきた。
「奥様はこちらへ」
(お、奥様!)
たしかに婚姻届けを出したので間違いではないが、慣れておらずに自分のことではないように感じてしまう。