結婚契約書に延長の条文はありませんが~御曹司は契約妻を引き留めたい~
「香津美」

優しく声を掛けられて、ゆっくりと目を開ける。一瞬気のせいかと思ったが、顔を上げるとベッドの端に和海が座っていた。

「夢?」

和海のことを考えていたから夢でも見ているのかと呟くと、目の前の和海はふっと笑った。

「俺のことを夢で見るほど恋しいと思ってくれているならうれしいが、本物だ」
「今、何時ですか」
「もうすぐ十時になる」

言われて窓の方を見れば、カーテンから太陽の陽射しが差し込んでいる。

「和海さん、九州へ行っていたんじゃ・・」
「ああ、朝一番の飛行機に乗って、今帰ってきた」

上半身を起こすと、彼の言うとおりまだネクタイも外していない。

「帰りはもっと遅いと思っていました」

寝起きで髪もボサボサの姿を見られるのが恥ずかしくて、手でさっと整える。

「やだ、私、寝起きでグシャグシャ」
「香津美はどんな時も綺麗だよ」

歯の浮くような台詞を言われ赤くなる。

「うそ、からかっているのね」
「嘘じゃ無い。出会った時から香津美は綺麗だ」
「そんなことより、なぜこんな朝早く? お仕事が忙しいなら・・」
「言っていただろ、夕べは早く帰ってきてって。夕べのうちには帰れなくてごめん」

まさか自分がお願いしたから、出張から急いで帰ってきたというのか。

「結婚してから香津美があんな風に言うのは初めてだった。何かあるんだろうと思ったからね」

そうだっただろうかと思い、結婚してから和海に対して一度もそんなことを言っていなかったことに、自分でも初めて気づいた。

「まさか、気づいていなかった?」
「え、ええ・・だって、私は契約で結婚したのだもの。そんなこと言う権利なんてないわ」
「いくらそう思っていても、それくらいのお願いならいつでも聞いたのに」
「そ、そうなの?」

驚く香津美に仕方ないなと和海が苦笑いする。

「そこが香津美らしいと言えばそうだろうが、もう少し甘えくれてもいいぞ。いや、むしろもっと甘えて俺に寄りかかってほしい」

そう言って香津美の顔の横に手を滑り込ませ、親指で頬を撫でた。

「で、でも・・」
「俺はとっくに香津美の夫になりきっていたのに、香津美はまだ俺を本当の夫には思ってくれないのか」
「え?」

何を言っているんだろう。本当の夫?

「明日は、契約の日だな」
「え、あ、はい」
「香津美、俺と契約をし直そう。今度は無期限で」
「・・・え?」
「俺は、香津美とずっと夫婦でいたい。離婚前提のではなく、ずっと夫婦でいられる契約を、香津美と結びたい」
「和海さん、それって・・」

香津美が呆然としていると、和海は立ち上がってズボンのポケットから小さな箱を取り出した。

「香津美、どうか俺とずっと夫婦でいてほしい。俺は君のことを心から愛している」

ベッドの傍で膝を突いて、箱を香津美の前に差し出す。蓋を開けると中にはダイヤのついた指輪が納められていた。

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