結婚契約書に延長の条文はありませんが~御曹司は契約妻を引き留めたい~

篝 和海の心情

昔より結婚適齢期が遅くなっても、結婚しない率が高くなっても、世間は未だ結婚して一人前という認識が根強く残っている。
祖父母は自分たちの結婚生活に満足しているせいか、孫の俺に早く結婚して幸せになれとことあるごとに言ってくる。
結婚しない人生にも幸せはあると、どうして思ってくれないのか。
とはいえ、篝家を存続させるためにいずれは結婚して子どもを産んでくれる人を探さなければならいのも事実。
だが、それを周りからせっつかれて慌てて見つけるのも納得がいかない。
息子である俺の父親が早くに亡くなってしまったから、余計に心配してくれているのだろう。
母親は好きにすれば良いと、口を出さない。自分が結婚に向いていないことを知っているのだろう。
祖母は特に自分が大病を患ったせいで、自分の目の黒いうちに俺を結婚させたいという思いが強かった。
自分の保有する株式を餌に、とりあえず見合いをしてみろと言ってきた。
気に入らないなら断っても良いから、とにかく会えと言われて何度かお見合いしたが、誰も彼も結婚したいとまで思わなかった。
世間的には美人で申し分ない女性達だったが、彼女たちの自分を見る目には自分ではなく、Kagariホールディングスが映っているのが手に取るようにわかり、どうしても首を縦に振れなかった。

そんな時、またもやお見合いをセッティングされた。来瀬かすみという名前だけを聞いて、約束のホテルのラウンジへ行こうとしたが、そこでふとある考えが浮かんだ。
ホテルに電話を入れ、遅れるからと伝えてほしいと頼んだ。
ここですぐに怒って帰るようなら、それでもいい。しかし一時間後ホテルに連絡を入れると、相手の女性はまだいるという。
慌てて駆けつけると、彼女は背筋を伸ばして一心に本を読んでいた。
時折紅茶を口に含みながら、楽しそうに読書に耽っている。彼女の頭からは完全に見合い相手のことなど抜け落ちているようだった。
自分のことをすっかり忘れられていることに、なぜか苛立ちと共に胸が疼いた。
このまま自分が完全に見合いをすっぽかしても、彼女はまったく気にしないのではないか。そう思うと、彼女の視線をこちらに向けたいと思った。

見合い相手は来瀬かすみ とだけ聞いていたが、彼女は此方の名前すら聞いていなかった。
しかも「かすみ」ではなく「かつみ」? 耳を疑った。
「Kagariホールディングス」の篝 和海ではなく、「かつみ」と「かずみ」名前が似ていると彼女は面白がった。
初めての経験だった。
彼女はこのお見合いが流れても、少しも残念だと思わないだろう。そして、この出会いを忘れて、自分以外の誰かと結ばれる。
それがなぜだか面白くなかった。
彼女がホテルの中を追いかけてくる合間に、料亭へ電話をかけ、今から二人で向かうので離れを用意してほしいと頼んだ。
もともとホテルでお茶をして終わりのつもりだったのに、気がつけば彼女を強引に連れ出し、馴染みの料亭へと向かっていた。

人違い。見合い相手は元々彼女のいとこだったが、なぜか彼女が代わりに来た。
それを聞いて、まさに神の采配だと胸が躍った。そのいとこがどんな人物かは知らないが、平気で人にお見合いに代わりに行けと言うくらいだから、無責任な人間だろう。しかし、その性格のお陰で、自分がこうして香津美に出会えたのだから、リアルエステート来瀬との関係を考慮してもいいかと考えた。

そして、彼女を腕に抱き口づけをして思った。この女を逃したくない。
だが、自分とも誰とも結婚をまだ考えていない様子の彼女を、どうすれば結婚する気にさせられるのか。
頼みの綱のKagariホールディングスの御曹司の肩書きも、彼女の気持ちを結婚に向けさせるには役不足だった。
そして気づいた。身代わりの見合いに不承不承でもやってきたくらい気が良い、悪く言えばお人好しで断ることが苦手そうな彼女に、実は結婚しないと困った状況になると訴えかければ、案の定彼女は少し揺れた。
しかし彼女にまるで男の影がないとは絶対に信じられない。友人の結婚式の二次会。そんなもの年頃の独身の男女が出会って仲良くなる可能性が充分にある。

無理に彼女を送って行けば、ここまででいいと引き止められた。本当は彼女の友人に会いたいとも思ったが、あまり強引に彼女のテリトリーを侵せば、かえって彼女が引いてしまうと考えて、言われたとおりにした。
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