私を愛するその人は、私の向こうに別の女(ひと)を見る

3 引越は突然に

 ***

 ホテルを出ると、もうすっかり日が昇っていた。新しい日が始まったのに、昨日と同じ服、というのは何だか変な気分だ。

 瑞斗さんは私の手をとり、駅までの道を歩く。「朝ごはん、どっかで食べる?」と誘われたが、「この服じゃ恥ずかしいので」と丁重にお断りした。

 やがて駅に着くと、私は定期を出すために彼の手を離した。すると、彼はまた私に王子の笑みを向ける。

「家まで、送らせて?」

「え?」

 ダメダメ! 絶対ダメ!

 たとえ彼女だからって、私は“アリサ”さんではないのだ。
 それに、あの家……見られたら、幻滅される。
 だから……。

「紗佳は僕の恋人。彼女を無事家に送り届けるまで、安心できません」

 瑞斗さんは、きっと“アリサ”さんにも過保護だったのだろう。
 そして、彼のその爽やかな笑みを誰が断れるのだろう。

「じゃあ……最寄り駅まで、なら」

 ***

 そう言ったのに、瑞斗さんは最寄駅についても手を離そうとしなかった。

「やっぱり、送らせて」

 でも、これ以上は……。

 そう思うけれど、ぎゅっと握られた手の力に、心が抗えなくなっていく。

 私は、“アリサ”さんじゃない。

 けれど。

 彼は、私を心配してくれてるんだ。

 そんな錯覚に陥る。

 そんな甘い期待が結局勝ってしまい、私は彼を自分の家まで案内した。

 しかし、彼は私のアパートの前まで来ると、案の定その足を止めた。

「え? 紗佳、一人暮らしだよね?」

「あー、……はい」

 こうなることは、分かっていた。 
 だから、見られたくなかった。

 私の住居。
 それは、築50年の、2階建ての木造アパート。
 玄関の雨よけはトタン、ドアは丸ノブ。
 いわゆる“昭和の”アパートなのだ。

「何階?」

「……1階」

 私がそう答えると、瑞斗さんはアパートに向かう私の手をキュっと引いた。

「すぐ帰るつもりだったけど……ちょっとだけ、お邪魔してもいい?」

「え?」

 振り返ると、真剣な眼差しの瑞斗さんと目が合った。

「話したいことがあるんだ」
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