私を愛するその人は、私の向こうに別の女(ひと)を見る
 瑞斗さんと作ったのは、肉じゃがと味噌汁。私は瑞斗さんの捨ててしまいそうになった野菜の皮を使って、きんぴらを作った。
 つい、貧乏くさいクセが出てしまったのに、彼は「すごい!」と褒めてくれた。

「いただきます」

 共に作った料理を、共に同じ器で食べる。

 そんな特別な行為を、“王子”としている私。
 しかも、今、私は彼の“恋人”である。
 その事実に思わず笑みが漏れるけれど、それは途端に作り笑いに変わる。

 彼が好きなのは、私じゃない。
 彼の隣にいるのは私なのに、彼にとっては私じゃない。

 けれど、一度上げてしまった口角を下ろすのは、なんだか申し訳ない気がしたのだ。

「なんかさ、すっごい不思議」

 きんぴらに箸を伸ばしながら、瑞斗さんが言った。

「え?」

 やっぱり、本来ゴミになる部分で作ったきんぴらなんて、キラキラした世界の人の口には合わなかったか。
 そもそも、これは“私”が作ってしまったものだ。
 しゅんと肩を落とすけれど、意外な言葉が降ってきた。

「好きな人が、僕の家で、僕と一緒に作った料理を、僕と一緒に食べてる」

 ふっと顔を上げると、彼はクスっと笑って続けた。

「不思議なくらい、満たされる。僕さ、どうしようもないくらい、紗佳が好きみたいだ」

 へへっと照れ笑いをしながらご飯を掻き込む瑞斗さん。
 思わず勘違いしそうになる。

 瑞斗さんがそう思うのは、私が好きだからじゃない。
 私の向こうに“アリサ”さんを映しているから、なのに。

 先に食べ終わった瑞斗さんは、食後のコーヒーを淹れてくれた。
 私が食べ終わると、さっと食器を片して、代わりに淹れたてのコーヒーを差し出す。

「どうぞ」

 それを味わいながら他愛もない会話に花を咲かせた。ついあくびが出そうになって、慌ててそれを噛み殺した。

 そういえば、昨日からあんまり寝てない!

「ごめん、つい楽しくなっちゃって」

 瑞斗さんはそんな私に気がついたのか、「お風呂入っておいで」と私に促した。

「お皿は僕が洗っておく」

「え、でも……」

 その否定は、すぐにかき消されてしまった。

「慣れない場所で疲れたでしょ? だから」

 彼は王子の笑みを浮かべ、私の背中を押す。
 それで、私はいそいそとバスルームへ向かった。

 けれど、そのお風呂の中でまた再び思い出してしまった。

 瑞斗さんは、エースの商社マン。
 おまけに優しくて、料理もできて、気遣い上手の王子様。
 一方で私は、生きているのが精一杯の、底辺の人間。住んでいる世界が違いすぎる。

 その優しさが、つい私に向けられたように錯覚してしまうけれど、それは私に向けられたものじゃない。
 私は、ただの身代わり。
 分かってる。それを承知で、ここにいるのに。

 頬を涙が流れて、お湯がぽちゃんと音を立てた。

 どうしよう。
 私、瑞斗さんが、好きだ。
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