私を愛するその人は、私の向こうに別の女(ひと)を見る
 その夜、私は仕事から帰った瑞斗さんを出迎えた。

「おかえり」と言うと、「ただいま」とはにかんだ笑顔が私に向けられた。

「なんか良いね、おかえりって言われるの」

 瑞斗さんはそう言って、玄関先で私のおでこにチュッとキスを落とした。
 脳裏に先程の写真の“アリサ”さんが浮かんで、チクリと胸が痛んだ。

 夕飯を食べていても、お風呂に入っても、瑞斗さんはいつもと同じ笑みを私に向ける。
 当たり前だ。
 だって、いつもと同じだから。

 けれど、その度に私の胸はチクリと痛んだ。
 無理して浮かべた笑顔で、頬が痛くなった。

 ***

「お風呂出たよ、紗佳」

 いつものようにリビングのソファに座っていると、彼が後ろから抱きついてきた。
 こんなスキンシップは、久しぶりだ。

「どうしたんですか?」

「んー、何となく。紗佳、寂しそうな顔してたから」

 え……?

 思わず振り返ると、ハの字に眉を曲げて笑う瑞斗さんのどアップがあった。

「離れて過ごしたの、初めてだったでしょ? だから、寂しい思いさせちゃったのかなぁって」

 その顔に、その言葉に、目頭がつんと熱くなった。
 ヤバい、と思ったときには、もう涙が溢れていた。

 瑞斗さんは目を見開く。けれどすぐに、親指で優しく私の目元を拭ってくれた。

「ごめんね……」

 その慈悲深い瞳の中に映っているのは、まぎれもなく私だ。
 けれど、彼が見ているのは、今もなお、きっと、私じゃない。

「うう……」

 吐き出した息が震えていた。
 ひっくひっくと、肩が揺れた。

 私は彼の顔を見ていられなくなって、振り切るように前に向き直った。
 そしてそのまま、両手で顔を覆い隠した。

「ごめん……なさい……あたし……」

 うまく言葉にならない。
 分かっていたことなのに。
 私は、“アリサ”さんの代わりなのに。

 心がどうしても、それを受け入れてくれない。

 ふと、温かな温もりに包まれた。
 瑞斗さんの胸が、私を包んでいた。
 瑞斗さんの両腕が、私を抱きしめていた。

 彼から香る甘い匂いが、私の胸をどうしようもなく締め付ける。

「僕はここにいるよ。だから……」

 知ってる。
 瑞斗さんは、ここにいる。
 でも、“アリサ”さんは、ここにはいない。

 ――ここにいるのは、私なんだよ。
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