ハズレの姫は、獣人王子様から愛されたい〜もしかして、もふもふに触れる私の心の声は聞こえていますか?〜

期待していた

 リラが入浴を済ませ、用意されていた服(……これ?) を着て部屋に戻ると、テーブルの上にトレーが置いてあった。
 フードカバーがかぶせてあり、そこから微かに美味しそうな匂いがする。

(食事? 用意してくれたんだ! 嬉しい!)

 私は期待していた。

 この国に来るまでの食事は、毎食ほとんど同じメニューだった。
 豆と硬いパンに薄い味のスープ。
 さすがに六日は飽きます。違うものが食べたい。


「お腹空いてたんだよねー! 獣人国のご飯、どんなのかなー?」

 一人しかいない部屋で声を出し、ワクワクしながらフードカバーを開ける。


「…………ええっ‼︎ これだけ⁈ 」


 獣人は大柄だ。

 種族にもよるのだろうが、リフテス人より立派な体格をしている。

 マフガルド王もシリル様も丸い耳のメイドも、この城で見かけた獣人達は皆大きかった。

 だから、色々な物をたくさん食べるだろうって思っていた。

 リフテス王国から一緒に来て、ちょっとだけ親しくなった従者も言っていたのに。


 なのに……。


 皿の上には、向こう側が透けて見えるようなパンが二枚。
 これは……すごい技術だと褒めるべきなの?

 少し大きめのカップに入った、具の無い透き通ったスープ。 ああ、お肉の匂いはするのに……。
 そして、茹でた緑色の豆。


 私の背が小さいから、少食って思われた?
 それとも、この国ではこれが普通?


 その時、ぐううっとお腹が鳴った。

 ……食べます。

 お腹が空いている時、人は碌な事を考えないと、母さんとメリーナがよく言っていたもの。


「いただきます」

「ごちそうさまでした」


 量は少ないけど、めちゃくちゃ美味しかった。

 豆はただの塩味だったけど……スープは絶品でした。
 でも、もう少し食べたかったなぁ……。


 スープの味付けは、メリーナの料理とよく似ていた。


 ……メリーナは今頃どうしているだろう。

 王様は悪い様にはしないと言っていたけど、結局あのまま別れて、私はこの国まで来てしまている。

 どうか、メリーナが無事でありますように……。

 はっ……!

 メリーナの事を考えていたら、ある事を思い出した。
 以前メリーナは、お城ではデザートを食後に食べる習慣があると言っていた。

 母さんは城に行ったことがないから、知らないって言っていたけど、メリーナはお城にいた事があると言っていたから本当だと思う。

 ……リフテス人が食後に食べるぐらいなら、体の大きなマフガルドの人達も食べるよね?

 もしかして料理の量が少ないのは、後からデザートをたくさん食べるからなのかもしれない。


 一時間ほどすると、さっきの丸い耳のメイドが入ってきた。無言で食器を下げると、水差しとコップを置く。

 丸耳メイドをしっかりと見るが、彼女は他に何も持っていなかった。

(マフガルドでは食べないのね……)

 私がメイドを見つめていたら、それに気づいたメイドが、見つめ返し、フッと笑みを浮かべた。

「あらあら、人の姫様にその服は大きかったようですね。子供用をお持ちします」と嘲る様に言うと部屋を出た。

 確かに、今着ている服は大きい。
 肩はずり落ちるし、胸はガバガバ、裾も長くて……。

 でも子供用って、いくら私が小柄といえ小さくないかな?


 メイドが持って来てくれたのは、ピンクの毛糸で編まれた可愛らしい子供服だった。

「ラビー様の幼い頃の服ですが、これならちょうど良いと思います」

「ラビー様って誰ですか?」

 初めて聞いた名前だったから尋ねただけだったが、メイドは私に冷たい目を向けた。

(……聞いちゃダメだった⁈)


「ラビー様は、シリル様が婚約されるつもりだったお方です」

「……そう、ですか」


 メイドは深く溜め息を吐く。

「それでは、お休み下さい」

 パタンと閉じられた扉は、ガチャリと外から鍵がかけられた。


 私はハズレの姫。
 人の国から押し付けられた嫁。



 でも、婚約目前の人がいたなら、クジ引きに参加しなきゃよかったんじゃない?

 王子様達は八人もいたんだから。

 シリル王子の端正な顔を思い出しながら、ラビー様のピンクの服に着替えた。

 その服は、メイドが言っていた通り、私に丁度良いサイズだった。
(子供服がピッタリって……それに凄く着心地がいい……)






 さて、私はどこで寝ればいいのでしょう?
 部屋を見回すが、この部屋にベッドはない。長椅子はあるけど……まさか、これに寝るの?

 部屋には扉が三つ、一つは入って来た大きな扉。もう一つは浴室へと続く扉。

 もう一つの扉……あ、寝室はそこなのかもしれない。

 扉を開けると、やはりそこは寝室だった。
 部屋に一つある腰窓に白く薄いカーテンが掛けてあり、青白い月が透けて見えていた。
 部屋の隅には蛍石が埋め込まれているようで、ポゥッと弱い光を放っている。

 中央に天蓋付きの、私が五人は余裕で横になれそうな大きなベッドが一つ置いてあった。

 さすが、獣人の国。
 一人用のベッドでこのサイズなんだ……。

(隣の部屋には無かったんだもの、ここに寝るのよね⁈ )


 ベッドに入り布団をすっぽり被ると、長旅と気疲れのせいか、私はすぐウトウトと眠りについた。


 しばらくすると、ギッとベッドが揺れて、横にもふもふした温かい何かが置かれた。

(ああ……湯たんぽだ……)

 リフテス王国より北に位置するマフガルド王国。
肌寒く感じていた。だから嬉しい。

 子供の頃、寒い夜には母さんがよく湯たんぽを足下に置いてくれた。……母さんはタオルに包んでくれていたけど、獣人の国は違うのね……毛皮みたいな物に包むんだ……。

もふもふの長い湯たんぽを抱きしめた。

( すごい……細長いもふもふの湯たんぽなんて初めて……それにお風呂場にあった石鹸と同じ匂いがする。……温度もちょうどいい)


 もしかして、丸耳メイドがベッドに入れてくれたのかも……。

 終始顰めっ面して、話し方も冷たい感じだったけど、温かいお風呂も食事も、服も用意してくれたもの。多分、そこまで嫌われてはいないと思う……明日、名前を聞いたら教えてくれるかなぁ……仲良くなりたいな。

 獣人は優しいってマフガルド王様も言っていたし。

(……暖かい)


 私は、湯たんぽにスリスリと顔を寄せ、ムフフと笑いながら眠りについた。






「……………⁈」

 湯たんぽの本体、このベッドの主人であるシリルは固まっていた。

 入浴を済ませ、部屋で軽く酒を飲みベッドへ入った。

 いつものように横向きに寝ると、尻尾に何かがしがみ付いたのだ。

 上半身を起こし返り見れば、夕刻に会ったあの人の姫が寝ている。


 シリルの尻尾を抱きしめ、嬉しそうな顔をしているのだ。

 何故……俺の布団に入っているんだ……⁈
 それに……。

(気持ちいい……)

 シリルは思わず声をあげそうになり、慌てて片手で口を押さえた。

 ……聞こえたのだ。ハッキリと、この人の姫の声が。


 ね、寝ているよな?
 まさか……。

 ムニャムニャと尻尾を抱きしめて眠る姫。
 起きている様子ではない。



 ……くそっ、なんで可愛いんだよ!

 シリルは顔を赤らめ、エリザベートをジッと見つめる。


 会うまでは、嫌でたまらなかったリフテス王国の姫。

 クジ引きによって、仕方なく結婚することになった元敵国の姫。


 ハズレの姫だったのに……。
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