ハズレの姫は、獣人王子様から愛されたい〜もしかして、もふもふに触れる私の心の声は聞こえていますか?〜

マーガレット

 前日服用した媚薬の影響か、視察先である田舎町で体調を崩したアレクサンドルは、馬車を止め木陰で休んでいた。

「こんな田舎町にまで危険はないだろう? 頼むから一人にして欲しい、ほんの一刻でいいから」

 同行していた外務大臣ブノアと騎士達は、アレクサンドルの意志を受けそっとその場から離れた。

 リフテス王国では、世に知られる話を信じアレクサンドル王の事を悪く言う者も居れば、真実の彼の姿を知り憐れみ擁護しようとする者もいた。

 一緒に来ていたブノア大臣と騎士達は後者であった。

 視察に来たこの場所は、老男爵が治める小さな土地である。数十軒の民家と畑、所々に小さなリンゴの木が植えてあり、これまた小さな小川が流れている。
 視察など要らない本当に穏やかで長閑な町。


『一度でいいから視察へ行かせて欲しい』そう頼んだリフテス王へ、王妃は条件を出し許容した。

【一日で城へと戻れる場所であり、人の少ない所】

 その条件下で、一番遠くの場所がこの町だったのだ。



 アレクサンドルは、三本並ぶ木の一本にもたれ掛かり目を閉じていた。

「……こんな事、いつまで続くんだ……」

 
 もう王子が二人、王女は六人もいる。
 十九歳にして、八人もの父親だ。

 それでも尚、子を成さねばならないと言われる。

 王子達は、何度か危険な目に遭っていると聞く。
 だがその全ては、それぞれの王子の母親とその家によるものであり、王位継承権を巡り争っている。

 このままいけば、どちらかは命を落としかねない、そうなってからでは遅いと言って、側室が増やされていく。

 しかし、最近では子が出来なくなっている。

 医師から、媚薬の所為なのではと飲む事を止める様に言われたが、初めての経験の所為なのか、アレクサンドルの体は媚薬無しでは何の反応もしない。

 それどころか、一度飲まず寝台へ横になったアレクサンドルは、やって来た側室に触れられた瞬間、吐きあげてしまった。

 それ以降、必ず媚薬を与えられ、アレクサンドルはそれを飲む。
 寝台へ横になれば、すぐに意識は朦朧とし体の熱さだけを感じる。
 そこへ、甘い匂いを纏わせる王妃や側室が現れる。

 初めの夜伽以降、アレクサンドルが覚えているのはいつもそこまでだ。

 自分から彼女達に触れた事はない。
 触れようとも思わない。
 彼女達は勝手にリフテス王の体を弄り、種を体に入れるだけ。

 そんな、愛のない行為が繰り返し行われる。

 気がつけば朝を迎え、身体中に紅の跡が残されている状態で、一人寝台に横たわる。

 王妃や側室達はそこまでして『リフテス王』の子供が欲しいのか。
 そうまでして、リフテス王国の王の座が欲しいのか。

 この地獄のような日々はいつまで続くのだ……。

 昨夜は王妃に強要された。
 側室ならば、一度子を成した者に渡る必要はないが、王妃はそうはいかない。
 歳の割には美しい王妃だが、アレクサンドルにとってはトラウマでしかなく、いつもより強い媚薬を飲んでも体は反応せず、昨夜は更に強い催淫効果のある媚薬が与えられ、すぐに意識を失った。

 何一つ覚えていないが、無数に残る体の跡を見れば、しかとアレは行われた……ようだ。

「……もう、嫌だ……」

 アレクサンドルは子供の様に膝を抱えた。

 そよそよと風が吹き、陽の光が彼を暖める。

「大丈夫ですか?」

 若い女性の声に目を開くと、目の前に美しく可愛らしい少女がいた。
 風に靡く金の髪を片手で抑えながら、心配そうな顔でこちらを見ている。

「ああ……」

 平静に返事をしながら、アレクサンドルは内心驚いていた。

 こんなに近くに来ていた少女に、全く気付かなかったとは……。

「本当? あっ、そうだ。さっき搾ったばかりのリンゴのジュースがあるのよ、一口飲んでみない?」

 そう言うと少女は横に座り、持っていた籠から木のカップとジュースを取り出し、注いだ。
 それを、アレクサンドルの口元へと運ぶ。

「じ、自分で飲める」
「あ! ごめんなさい。つい、弟にするみたいにしちゃった」
「弟……」
(私は君より大きいと思うけど……)

 ニコニコと笑う少女から、アレクサンドルはカップを受け取り口にした。

 本来なら見ず知らずの相手から差し出された物など口にしてはならない。
 が、アレクサンドルはその事など気にする事なく飲み干した。

 もし、この娘が暗殺者でこの飲み物に毒が入れられていたのならそれでもいい、そう思った。

 コク コク コク

 甘酸っぱいジュースが喉を潤していく。

 …………美味しかった
 飲み物が美味いと思ったのは、どれくらいぶりだろうか……。

「ありがとう、美味しかった」
「よかった!」

 カップを少女に返すと、アレクサンドルは名前を尋ねた。

「君の名前は?」
「私? 私はマーガレットよ、あなたは何という名前なの?」

 初めて名前を尋ねられた。
 それがアレクサンドルにとっては新鮮で、嬉しくもあった。

 城へ来る者達は、皆自分を知っている。
 名前を尋ねられることなど無い。

「私はアレクだ」

 アレクサンドルは、自分がリフテス王だとは告げず、幼い頃母上から呼ばれていた愛称を伝えた。

「アレク、素敵な名前ね」
「…………ああ、ありがとう」

 どうしたことか、その名を呼び微笑むマーガレットに胸の高鳴りを感じる。


 これまで、王妃や側室達に名前を呼ばれたことなど、一度もない。
 皆『王様』『陛下』と呼ぶばかり。

 彼らにとっては『リフテス王』でしかない。
 そこに『アレクサンドル』という人物は存在しないのだ。

 アレクサンドルは自分の名前を呼ばれる事が、こんなに嬉しいとは思わなかった。

 けれど、彼女を見て感じるこの胸の鼓動と熱さはなにか分からない。

 まだ媚薬が体に残っている?
 ……彼女が輝いて目に映るのもその所為?


 人を好きになった事がないアレクサンドルは、マーガレットを見て高鳴る胸と、目が離せない理由が分からない。


 ただ、マーガレットともっと話をしたい。
 一緒にいたい、その笑顔を見ていたい、そう願った。

「ねぇ知ってる? 今ね、この国の王様がこの町を視察に来ているらしいの」
「……そう……」
「こんな田舎町まで王様が来てくれるなんて、すごく嬉しいわ! 実は私、まだ一度も拝見したことがないの、素敵な方だって話は聞いた事があるんだけど……」
「……素敵?」

 アレクサンドルが聞いた、世に流れている自分の話にはそんな言葉はなかった。
 マーガレットは、どこか他の国の王様と間違えているのだろう。

「……アレクは……とっても上質な服を着ているわね、もしかして……」

 首を傾げながらマーガレットはアレクを見つめる。

(マーガレットは私を王だと気づいたのだろうか? だとしたら……)

「王様の御付きの人?」
「……えっ?」

「だって王様だったら、こんな木の下に直に座ったりしないでしょ? あっちに馬車が停まっていたし……アレクは休憩中なの? まだ時間ある?」

 もう少し話をしてもいい? 王都の事とかお城の話とか聞かせて? と、マーガレットは言う。

 それは、何でもない話だった。
 マーガレットが話すことは天気の事、それから飼っている犬や家族の話。
 アレクサンドルは、結婚するまでの日々を思い出しながら、王都には数え切れない程の店が並んでいることや城にはたくさんの人が働いている事を話して聞かせた。

 アレクサンドルとマーガレットは、時を忘れたように話をした。

 彼女の声は心地よく、纏う雰囲気は優しくて、アレクサンドルの気持ちと心を癒した。

 そこへ、時間になっても戻ってこない王を心配した、ブノア大臣と騎士達が探しに来た。

 迎えが来たことにより、マーガレットにアレクがリフテス王である事が分かってしまった。

「アレク、おっ王様⁈ 申し訳ございません!」

 慌ててその場から立ち去ろうとするマーガレットを、アレクは引き止めた。

 普段なら触りたいとも思わない女性の腕を掴み、腕の中に引き寄せる。

 彼女を離したくない、離れたくない。
 それは初めての感情だった。


 腕の中に抱きしめたものの、どうすればいいか分からず、アレクサンドルはその場でマーガレットに求婚した。

 それは、アレクサンドルにとって初めての恋だったのだ。





 マーガレットは困惑していた。
 アレクサンドルに求婚された事は驚いたけれど、とても嬉しかった。

 しかし、マーガレットは田舎町の平凡な家の娘だ。
 貴族でもない自分が、王様の伴侶となるなんて出来るはずがない。

 それに、きっとこれは王様の気まぐれだろう。
 マーガレットはそう考えて、拝辞の意思を伝えた。

 王からの求婚を断る事は不敬に当たるだろう、しかし……。

『私には畏れ多いことです』
 マーガレットは処罰を覚悟の上で断った。



 けれど、断られてもアレクサンドルは諦めることをしなかった。

 視察は、同じ町へ三度行くことを許されていた。
 アレクサンドルは続けて彼女の住む町へ視察へと向かい、マーガレットの下へ足を運んだ。

 何度も会いに来てくれるアレクサンドルに、マーガレットは心を決める。
 マーガレットも、初めて会った時からアレクに惹かれていたのだ。

 しかし、王妃と臣下達が平民を側室に入れる事に反対した。
 それに対しアレクサンドルは、初めて王妃と臣下達に意志を通した。

 彼女を迎えなければ、今後王妃や側室達に渡ることはしないと告げる。

 視察へ同行していたブノア大臣の口添えもあってか、彼らは渋々平民を側室へ受け入れた。
 ただし、これが最初で最後だと告げて。
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