ハズレの姫は、獣人王子様から愛されたい〜もしかして、もふもふに触れる私の心の声は聞こえていますか?〜

城の中へ

 日が沈み、月が顔を出す。

城への侵入経路を話していると、ルシファ様がふと「メリーナ様は転移魔法は出来ないのですか?」と尋ねた。

「転移? ゼビオス王みたいなものかしら?……あれは私には出来ないわ、でもね……」

 メリーナは、一人ずつならば移動させる事が出来るらしい。ただし、それには条件がある。

 絆を持つ者が移動先にいる事。

 この場合の絆とは、家族や長い間同じ時を過ごした者、運命の繋がりがある者だとメリーナは言った。

 バーナビーさんの奥さんとニコくんには、馬達と共に空き家に居てもらう。

 城で危険な事が起きた時、バーナビーさんは家族を辿りここに戻す事が出来る。

 ルシファ様とシリル様も愛馬を(馬もいいの?)辿り戻れるのだとメリーナは言った。
 ラビー姉様とメイナード様は二人のどちらかを戻した後に送ればいいらしい。

(長く一緒に暮らしているから、それに二人は家族も同然だから……ちょっと羨ましい……)


 少し寂しく思っていたら「リラはシリルと強い繋がりがあるから大丈夫よ。それに私ともね」とメリーナは微笑みながら言ってくれた。

 シリル様は宿命の相手だから?
 メリーナは、長い間一緒に暮らしてきた『家族』だからだろうか……。

(……嬉しい)


これで、いざという時の帰り道の確保は出来た。

(いざという時……なんて来ませんように)


「なるべく見つからない様に行くしかないわね」

 メリーナが、窓から周りの様子を伺いながら呟いた。
 その横で、同じ様に外の様子を伺っていたメイナード様は、ふと何か思いついたように目を輝かせ、メリーナに笑顔を向ける。

「ねぇ、メリーナ様、この家の様に僕達も見えなくならないの? それが出来たら潜入も簡単でしょ?」

 そう聞くと「無理よ」と短い答えが返ってきた。

「えーっ、どうして?」

「この家は見えないのではないわ、見えているけれど気がつかないのよ。それに私のこの魔法は、生き物には使えないの。家や馬車の荷台なんかは出来るけれど……そうね、何かに入れば可能だわ。例えば籠や箱をかぶって……」

 メリーナが言うと、メイナード様が手を横に振った。

「メリーナ様、それじゃ動き難いよ」
「……それもそうね」

 じゃあとりあえず、とメイナード様が指をクルクルと動かして、人数分の紺色のマントを出す。

「侵入するからね、怪盗みたいな格好の方がよくない?」

 颯爽とマントを羽織ったメイナード様は、みんなに向けてパチリとウインクをする。

「メイナードは形から入るタイプなの」

 ラビー姉様はそう言って、楽しそうにマントを着た。

 マントにはフードが付いていた。
 耳の長いラビー姉様とメイナード様がそれを被ると、フードの形も合わせたように変化をする。


 ……耳付き、可愛い。

 シリル様とルシファ様のフードも、同じ様に耳の形に変わった。

 うわぁ…………可愛い……。

 マントを羽織りながら彼らの耳付きフードに見入っていると、シリル様がスッと近づき、私を見て目を細めた。

「可愛いな、リラはなんでも似合う」
「……えっ」

 シリル様はそう言って、甘く微笑みながら私の頭を撫でる。

(…………? シリル様?)


 その様子を横目で見ていたメリーナは、母親の様な口調でシリル様に告げた。

「ダメよシリル、その先は人の見ていない所でやりなさい」

「人のいない所……だったらいいんですか?」
「ええ、どれだけでも構わないわ」

目深に被ったフードから、シリル様を見上げたメリーナはフフッと笑いながら言う。

「分かりました」

 嬉しそうに笑うシリル様の尻尾が、パタパタパタと揺れる。


 ーーーー? 二人は何を話してるのだろう?
 今、シリル様は頭を撫でていただけだよね?
 ……その先って?

 よく分からずに首を傾げていると、ラビー姉様がサッと寄って来て「今ね、シリルったらリラにキスしようとしていたのよ。凄いわね、封印が解けた途端にこうなるなんて……ふふふ」と教えてくれた。


 ええっ⁈
 そんな雰囲気全く感じなかったのに?





 いろいろあったが(私的に……)準備は整った。

 出発前にメリーナが口を酸っぱくして私に話す。

「いい、リラは決してシリルから離れない事。私やラビー達に何が起きてもよ? 約束して」

「はい、約束します」

 よろしい、とメリーナは頷き、次にシリル様に顔を向ける。

「シリルはリラを優先して、私達はいざとなれば此処へ戻って来る。分かったわね?」

「言われなくても、リラの事は命に変えても守ってみせる」
シリル様は真剣な眼差しで私を見る。

「それはダメ、命に変えちゃダメです! 必ず一緒に……」

 思わずシリル様に縋りついてしまった。
 シリル様は柔らかく笑みを浮かべ、私の頬をそっと撫でる。

「もちろん、必ず一緒にマフガルドへ帰ろう。モリーが結婚式の準備をして待っているから」

 そうだった、モリーさんはそう言っていた。

『帰ったらすぐに結婚しよう』シリル様は、甘い声で囁いた。





 夜空に雲が広がり、さっきまで出ていた月を覆い隠した。
 
 途端に闇が深くなる。

 その闇に紛れるように、私達は城へと向かった。

 空き家から、一番近い場所にある城の裏口には、二人の兵が立っていた。
 そこに向け、バーナビーさんがフッと息を吹くと、兵達は力が抜けたようにその場に座り込んだ。

「寝ました。さぁ、行きましょう」

 バーナビーさんの魔法は、息を飛ばして相手を眠らせるというものだった。
 その即効性は凄いものだ。

「この魔法は、相手の魔力が私以上の者には効きません。それに一度に三人まで、たいしたものではないのです。ま、だから捕まってしまったのですが……。しかし、この魔法は他の者から気づかれ難く便利なのです」

 突然隣の者が眠ったとしても、そう騒ぎたてる者はいないらしい。
 それに眠るだけで、後から具合が悪くなる訳でも、痛いわけでもないのだと教えてくれた。

「でも、目覚めた後に追いかけて来たら大変だから、縛っておくよ」

 ルシファ様は、スヤスヤと寝ている兵に向け、手をかざしポツリと呪文を唱え魔法の紐で縛る。

 兵達を隅に置き、扉を静かに開ける。
 そこから見える場所には人の気配は無かった。

 シリル様を先頭に、私達は城の中へと入って行く。

 城の中に入るとすぐに、私はニコくんに聞いた様に両手で糸を握り、強く念じた。

(お願い、私と繋がる者達、アレクサンドルお父様の居場所を教えて……)

 願いを聞いた糸は、ポウと一度光を放ちスゥーッと伸びはじめた。


「………………⁈」

 おかしい…………。


「どういうこと?」
「何故? 二本だけ? それも一本は凄く短い……」

 皆、糸を凝視し驚きを隠せない。


 糸は確かに伸びている。

 糸は私と繋がりのある者、王様、王子様達、王女様達と側室のお腹に宿る子供、合わせて十一本に分かれて伸びるはずだった。

 ……しかし、私の持つ糸の先はたったの二本しかない。

 その内、一本は私の背丈ほどの長さの青い糸。
 そして、指ほどの長さの赤い糸が一本。

 糸の長さはその者の背丈ほどに伸びるとニコくんは言っていた。

 青い糸は男性だ。
 王子様達は会った事も見た事もないけれど、大きい方達だと聞いたことがある。

 ……あの日見たリフテス王はどうだっただろう?

 青い糸は真上に伸び、赤い糸は真下を向いている。
 真下を向く糸、これは何を示しているの?

 ……地下? でも、城の地下はあの地下牢があるだけのはず。


「……リラと繋がりのあるもの全てに伸びる、と言っていましたよね?」

 メリーナが、バーナビーさんに尋ねる。

「はい、そのはずです。今まで、ニコの糸が間違った事は一度もありません」

 バーナビーさんは、糸の先を見て驚きを隠せない。


「じゃあ王子様達は、近くにいないってことじゃない?」

 メイナード様が話すと、バーナビーさんは首を横に振った。

「いえ、その場合でも少しは伸びるのです。その赤い糸の様に……」

「……じゃあ既に亡くなって、この世にいないとか……」

ルシファ様は真下を向く赤い糸を見ている。

「いえ、それはないわ。八人もの王族が亡くなれば知らぬ者はいないはず。ブノア大臣も騎士達もそんな事は話していなかった……」

 そう話したメリーナは、赤い糸を見て何か考えているようだ。


 赤い糸は女性だ。
 王女様達は私を除き、六人はいるはず。
 しかし、赤い糸は一本、それも短い。
 短い糸、これはまだ生まれていない、側室のお腹の中にいる子供の事なのだろうか?

 他の糸は何故伸びないのだろう……?

 皆は頭を悩ませていた。


「……ここで考えていても仕方がないわ、その青い糸の先に向かいましょう、それはきっとアレクサンドル様のはずよ」

 メリーナの話に皆は頷き、とりあえず青い糸の示す方角へと進むことにした。


 先程と同様に、行く先にいる兵をバーナビーさんが眠らせて、それをルシファ様が魔法の紐で縛っていく。

 糸は階段の上へ向かっていた。
 二階、三階と登り、リフテス城の最上階である四階に着くと、糸は右へと曲がった。

 そこに見えた廊下に兵は一人もいなかった。
 なるべく足音に気を付けながら、私達は進んでいく。


 次に、糸は廊下の奥を示した。

 薄暗い廊下の突き当たりに、二つの大きな人影が見え、そこにバーナビーさんが息を吹き飛ばす。少し時間がかかったが、眠らせる事に成功した。

 青い糸は、さらにその突き当たりへと向かい、そこから左へと示した。
 左へ向かうと糸の先は、沢山の鍵が掛けられた両開きの扉を示した。


 シリル様が扉に手をかけると、鍵はカチャカチャと小さな音を立て、次々と外れていく。

 全ての鍵が外れた扉を、シリル様がゆっくりと押し開いた。
 部屋の中には、香の煙が立ちこめている。

「……うっ」
「おえっ、息苦しい……」

 皆、思わず袖口で鼻と口を覆った。

 パチン、とシリル様が指を鳴らす。
 部屋のカーテンが一斉に開き、窓が次々と開け放たれた。
 小さな風が巻き起こり、部屋の中の煙を外へと出していく。

 煙が出てしまうと、部屋に一つだけあった照明に明かりが灯された。


 ぼんやりと見えてきた部屋は、全てが灰色で統一されていた。
 まるで、色の無い世界にいる様な気さえする部屋。

 その中央に鎮座する天蓋付きの大きな寝台に、横たわる人影がある。

 青い糸は真っ直ぐにその場所を示していた。


(……お父様?)

 その時、横たわる人影がモゾモゾと動きだした。
 気怠そうに上半身を起こし、こちらをかえりみる。

「……だれ……」

 男の人とも、女の人とも分からない、か細い声が聞こえた。
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