ハズレの姫は、獣人王子様から愛されたい〜もしかして、もふもふに触れる私の心の声は聞こえていますか?〜

獣人男子のオシャレ

 シリルが、エリザベートに思わず手を伸ばしたちょうどその時、ぐううっと腹の音がした。

「は?」

(お腹空いた……ケーキ……)

 腹の音はエリザベートから聞こえた。


 お腹空いた? ケーキ? どう言う事だ?

 さっきは冷たい態度をとったが、食事はキチンと出すように言っておいたはずだ。


 ケーキ……好きなのか?
 ……くっ、そんな物が好きだとは……。


 姫に付けた侍女のモリーに詳しい事を聞かなければ、とベッドから降りようとしたが、彼女が尻尾を抱きしめていて出来なかった。


「……あっ……い」
(……あったかい )

「…………!」

 聞こえてくるエリザベートの可愛い声にシリルの体は粟立った。

 はうっ、こいつ!……なんてかわいい声で寝言を言うんだ‼︎

 それに、どういう訳か目が離せない。


 ただ寝ているだけのエリザベートを、見つめるシリルの鼓動は、これまでになく高まっていた。


 なんで俺はこんなにドキドキしているんだ。

 これじゃ、まるで俺がこの姫を……す、好きみたいじゃないか!

 あり得ない、この女は『人』だぞ⁈

 ラビーにも、こんな風になった事はないのに……。


 シリルは頭を振った。


 ……そうか、さっき飲んだ酒のせいだ。

 そう思いもう一度、エリザベートを見つめた。

 部屋の中は、窓から入る月明かりと蛍石の弱い明かりしかなく薄暗い。しかし狼獣人のシリルには、それでも十分に彼女の表情を見ることが出来た。

 エリザベートは嬉しそうに笑みを浮かべ、俺(尻尾)を抱きしめている。

 スリスリと彼女が頬を寄せている。
(あったかい……)

 今、シリルの全神経はエリザベートが抱いている尻尾にあった。

 ダメだ! これ以上スリスリされたら俺は……。

 耐えられない!


 エリザベート……俺の尻尾からその(小さくて可愛らしい)手を離せ……。

 離さないなら、俺が無理に引き剥がして……。


 シリルはエリザベートの細腕に触れようとして、ハッとした。

 シリルの爪は硬く長い。先端は鋭利に尖っている。

 昔、獣人は狩や戦いの為、爪を伸ばし鋭く研いでいた。
 今は爪を使って狩をすることなどなく、戦いでは武器を使う事がほとんどで、爪を使う事は無かった。ただ、爪を伸ばして尖らせる事は、獣人男子のオシャレでもあり、ほとんどの若者が長く鋭い爪をしていた。


 自分の爪をじっと見つめて、エリザベートに目を落とす。

 ーーこの手で触れたらーー

 獣人の皮膚は丈夫だ。見た目は人と変わらなくとも、この爪で触れたぐらいでは怪我はしない。

 しかし、人の皮膚は柔らかい。戦地で、獣人の爪が触れただけで傷を負うリフテス人を何度も見てきた。

 人の男でさえ傷を負うのだ。

 こんな(可愛い)小さな柔らかそうな姫なら、絶対怪我をする。


 ……仕方ない……。

 これは、仕方のない事だ。
 離す事が出来ないのだから、一緒に寝るしかない。

 シリルは自分に言い聞かせるように、そっとエリザベートの横に寝た。

 無理に引き剥がす事は出来なかったのだ。

 そもそも俺は、彼女に自分から触れないと言ってしまったし……それにこの手では触れられない。

 俺から離れようにも、姫がくっ付いているのだから仕方ない。俺は横に寝るしかない。


 純情青年シリルの思考回路は、多少酔っているせいもあり、ぐちゃぐちゃになっていた。


 シリルは目を閉じ、寝た。

 いや、寝ていない。眠れる訳がない。

「もっ…………い……」
(もっと食べたいです)

 欲しがるように(食べ物を) 吐息とともに漏れる声が背後から聞こえ、シリルの毛はゾゾゾと逆立った。


ーーくそっ、俺はどうしたらいいんだっ!ーー


 それに声だけではなかった。

 エリザベートからは、これまで嗅いだことのない匂いがするのだ。


 彼女と接触のあった獣人は皆、気づいている。

 特に鼻の利く侍女のモリーは、姫が城に到着した途端に気づいたぐらいだ。

 この匂いは……ほとんどの獣人が好む匂いだろう。

 彼女からする芳香は、身体中に深く吸い込みたくなる不思議な匂いだ。

 それに加えて今は俺と同じ石鹸の香りがする。

 何だか体が熱くなってきた。
 シリルの尻尾も熱をもった、その熱さにエリザベートが尻尾から手を離し、背を向ける。

「あつ……」
(あつい……)

 彼女の手が尻尾から離れた瞬間、シリルは布団を剥いでベッドから飛び降りる。

 もう無理だった。これ以上側にいて、平静でいられる自信は全く無かった。

 シリルは、気をゆるせばパタパタと動いてしまう尻尾に集中し、深く呼吸をする。

 ベッドで眠るエリザベートを、爪で傷つけないよう慎重に布団を掛けると、静かに部屋から出て行った。





 翌朝、シリルの部屋へ第五王子デュオが訪ねてきた。

 シュッ シュッ シュッ

「何をしてるの? シリル兄上」
「何でもない」
「……爪を短くして、丸くしているのはどうして?」
「長すぎる……と思っただけだ。特に意味はない」

 ふうん、とデュオは面白いものを見つけたように目を細め、爪を整えるシリルを見ていた。

 デュオは兄弟の中でも美麗で、純白の毛に女性の様な優しい風貌をしている。
 どちらかと言えば野生的なシリルとは、その毛の色も顔立ちも正反対だ。

「何か用か?」

 爪を研ぎながらシリルが尋ねる。

 早く出て行けと言わんばかりの声に、デュオは笑みを浮かべた。

「ああ、モリーに聞いて来たんだ。ここでも分かる……人の姫、すごくいい匂いするね」
「デュオ……」

 爪を研ぐ手を止めて、シリルはデュオに目を据えた。

「えっ、そんな怖い顔しないでよ。取らないよ、ちゃんとクジ引きで決めたんだし。でも彼女が、僕の方がいいと言ったら仕方ないよね?」
「あ?」
「いいでしょう? どうせハズレの姫だし」

 ちょっと挨拶をしてこよう、とデュオが寝室の扉を開けようと手を伸ばす。
 その腕をシリルが制止した。

「エリザベートは俺のだ。勝手なことをするな」

 黄金の鋭い眼光がデュオを威嚇する。

「へぇ、あんなに嫌だと言っていたのに……もうラビーの事はいいの?」
「ラビーとは、昨日ちゃんと話をした」
「そうなんだ、じゃあラビーの事は問題ないね。でもさ、シリル兄上はまだエリザベート王女様の結婚相手なだけで、結婚してはいないんだよ」

「……デュオ、お前」

「シリル兄上がそんなに気に入るなんて、ますます見てみたいな。……でもねシリル兄上、エリザベート王女様に興味を持ったのは僕だけじゃないってこと、気付いてる?」

「興味だと……⁈ 」

 
 デュオは微笑を浮かべ、長く鋭い爪の手をヒラヒラと振りながら、また後で来るよと部屋を出て行った。
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