青い導火線 クセモノたちの狂詩曲
 にこにこにこにこ。なんの悪意もない笑顔で美登利は後ろ手に持っていたそれを、正人の目の前に翳した。

「――――――!!」

 鷲掴みに奪おうとした正人の手をひらりとかわし、再び後ろ手になりながら美登利は距離を取る。

「どうして、それ……どこで……」

 驚きのあまり、うまく言葉が出てこない。
「それはナイショ」

 くすりと笑って美登利は目を細める。

「それはもう、びっくりしたけどねえ、私も。まさかこれが……」

「わあああ!!」

 下校途中の生徒たちが正人に注目する。美登利がたっと走り出す。正人は後を追いかけた。

 人気のない校舎裏で美登利は改めて正人の目の前にそれを翳した。

 一枚の写真。写っているのは三歳か四歳くらいの女の子だ。ピンク色のふわふわのドレスに、肩まで伸びた髪にはリボンの付いたカチューシャをしている。

「あんた、どこから、それを……」

「池崎正人くん」

 びくっと心臓が跳ね上がる。

「これ、人に見られたくない?」

「う……」

「見られたくないんだよね」

「……っ」

 正人はこれまで、どう転んでも理解し合えるとは思えない相手を黙殺することはあっても、取り立てて人を恨んだり呪ったりすることはなかった。

 しかしまさにこのとき。彼は肉親を、男の子の次は女の子が欲しかったという理由だけで幼かった自分に女の子の扮装をさせて喜んでいた母を、それを止めなかったばかりか正人の傷心を笑い話のタネにしている父を、そしてそんな過去の汚点の結晶というべき写真の数々を後生大事に抱え持っている兄を、心の底から憎いと思った。

「これ、黙っててほしいのなら、わかるよね?」

「あんた、自発的にって、言ってたじゃないか!」

「うん。だから、自発的に入ってくれるようにお願いしてるんだよ」

「…………」

 ああ、狐に睨まれたうさぎの気分。正人の肩ががっくり落ちる。

 勝利の微笑みを浮かべ、中川美登利が正人の手をがっちり握る。

「それじゃあ、さっそく来てもらうよ。体育祭の準備で忙しくって」

 池崎正人の受難は今、始まったばかりである。
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