深海
「…ここにいるよ?」

どこからか彼の声がした。

「どこ?どこにいるの?」

血塗れの両手を拭わないまま、部屋中を捜す。

「…ここだよ?」

どこを捜しても、彼の姿は見つからない。

「どこなの!どこにいるのよ!」

彼の声に反応する声が、次第に熱を帯びて来るのが自分でわかる。

流れ出る涙と同時に、五感が薄れて行き、、、新たな感覚が芽生えて来た。


狂気。


私は、「人間」では無くなってしまったらしい。

私は、「人間」という事を放棄したようだ。

「早く出てきて!!」

この悲痛な叫び声は彼に届いているのだろうか。

彼に届かないのは、私が人間の言葉を話せていないからなのだろうか?

「届いてるよ、、僕は、、ここにいる。」

ここはさっき血の気の無い女を粉々にした部屋だ。

床に広がる赤い鏡の破片の上に座り込み、呆然とする私。

確かにこの部屋から彼の声が聞こえたはず、、、

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