一生分の愛をくれた君へ
6.君がいなくなった冬
 その後のお葬式は親戚と事情を知っている少数の人たちで慎ましく行われた。葬式は最低限でいい。その代わりちゃんと私がいたことを忘れないでいてくれれば十分だといったらしい。

その言葉に綾乃らしい優しさと気づかいが感じられる。きっと数日前に海であんな泣いたからだろう。葬式ではあんまりなくことはなかった。

でもそれでいい。綾乃ならきっと泣いて見送ってほしいなんて思わないはずだ。葬儀で見て眠っている綾乃は、ちゃんと綺麗に化粧されており本当に死んでるとは思えないくらい綺麗だ。葬儀が終わり、火葬が終わると、綾乃の家族に送ってもらえることになった。車の中では無言が続く。そりゃそうだ。大事な娘がなくなったんだ。喋る元気もないだろう。お兄さんが運転する中、車のエンジン音だけが低く唸る。

「なあ、翔君」
「はい、なんですか」
「娘はな。本当に幸せだったと思う」

 そう言ってお父さんは助手席から振り返った。その目は気遣いで言ってるのではなく、冗談で言ってるわけでもなく真剣そのものだ。

「葬式で見た綾乃の顔は本当に幸せそうで悔いのないという顔をしていたよ」
「そう、ですか」
「だから、八月の時は、あんなことを言ってしまったのを申し訳ないと思っている。あれは私自身、相当翔君に失礼な事を言ったと思っている。すまなかったね」
「そんな」

 別に謝られるようなことはしていないと思う。だって、彼からしたら大事な娘が命の機嫌があるのに連れまわされているんだ。ああいう言い方をされても仕方がないと
自分でも思う。

「いや、お礼をいうのは僕の方です。むしろ娘さんを無理言って連れまわしたのに、許可していただいてありがとうございました」

 そう言って座ったまま頭を下げた。すると、ポンと頭を触られた。

「頭を上げなさい。翔君。君は頭を下げる必要なんてないんだ」
「そうよ。むしろ本当に感謝しているのよ。あの子の無茶を聞くのは大変だっただろ」
「そんな事ないですよ。むしろ楽しかったです。本当に」

 そう言って俺ら三人は涙を流した。運転して黙って聞いていたお兄さんもティッシュで目を拭いていたか。綾乃見ているか。お前がいなくなっても、みんな心の中でお前の事を強く思っているんだぞ。「ありがとうございました」
「ええ、今日はしっかり休むのよ」
「はい、送っていただきありがとうございます」
「じゃあね、ばいばい」

 車が走り去って行くのを見送った後、部屋に戻った。そしてベットに寝転がった瞬間ふと、虚無感が体を襲った。今日は何にもしたくなくて、そのままベットに潜り込んだ。ふと目から涙が出てくる。絶対にもう泣かない。そう決めたはずなのに、目から溢れてきて止まらない。もしこの時綾乃がいたら「なんで泣いているの、やっぱ私がいないとダメなんだね」って笑って言われちゃうだろうか。悔しいけどその通りさ。俺は思ったより君がいないとダメみたいだ。
 
 ボーっとどこにも出かけなかったらあっという間に冬休みが終わってしまった。まだ気持ちの整理はできていないけど、それを理由に学校に行かないも違うと思うし、そんなことをしたら綾乃に怒られちゃう気がして、なんとか重い腰を上げて学校へと向かった。

クラスは見渡すと代り映えのないクラスメートがあちこちでいつも通り談笑をしている。
 出も乾てしまったことはそこにはもう綾乃は来ないという事。辺りを見渡してそっと綾乃の席に触れた。ついこの間まで綾乃はこの席に座って勉強していたんだよな。今でも彼女が死んでしまったって実感がわかない。つい最近までここにいて俺の名前を呼んでくれた彼女はもう二度ここには戻らない。

「綾乃……」

 そう言って机をなでたとき、後ろから思いっきり肩を掴まれた。

「よう、翔。久しぶりだな。どうしたんだよ。綾乃ちゃんに机なんか触って。愛しいこち人が恋人が恋しくでもなったのかよ」
「違うよ。ちょっと
「ああ、綾乃は……」

 どうせ、これからロングホームルームが告げられれば、皆に知られることになるんだ。
今はやめに将に教えても問題ないだろう。

「綾乃はもう帰ってこないよ。だって、あいつは学校辞めたから」
「そっか」

 そんなこと言ったら「えー!?なんで!?どうして」って質問攻めさせるかと思ったのに。案外何も言われず、そっかと一言だけ言って自分の席に戻っていってしまった。拍子抜けであっけに取られていると何かを持って帰ってきた。

「なにそれ」
「あーまあ元気だせよ。えっとこういう時は甘いものを食べるのがいいらしいからな。後ちゃんと寝るように」
「お前は母親か、でもありがとうな」

 翔のおかげで少し元気が出た。彼はどれくらい俺の事情を知っているのか分からない。けど、こいつなりに俺の事を気を使ってくれたんだろう。その事が素直に嬉しかった。

「ありがとう。ありがたく受け取っとくよ」
「うん、これ食べて元気出せよ」

 そう言って受けった紙袋には小さいにこちゃんマークといいことあるぜと、将の手書きメッセージが添えられていた。女子みたいなメッセージの仕方に思わず笑ってしまって少しだけ元気をもらえた。

 ホームルームが終わった後、綾乃の退学を先生の口から知らされた。内容は病気の休養で大きな病院の近くに引っ越したという事になった。あくまで彼女は最後まで言わないことを貫き通した。やっぱり綾乃は優しいから自分が死んだという事を隠しておきたかったんだろう。それを聞いたらみんなが悲しむからだと思う。退学を知ったクラスメイト達はホームルームが終わると俺の事を取り囲んで質問攻めしてきた。

「橋本さんはそんな重い病気なの?」
「井上君はその事を知っていたの?」
「ていうか綾乃連絡も取れないけど大丈夫なの」

 なんて辟易するくらい質問攻めされて、適当に答えていたが、涼宮さんがやってきて。

「はいはい、そんな質問攻めしたら井上君が困ったでしょ。それに綾乃にも事情があるんだから口止めされてるなら言えるわけないし」

 藤本さんが肩をすくめてそう言うとクラスメイト達もそうだよねって納得してそれ以上は追及してこなかった。藤本さんに後でお礼を言いに行ったら彼女は相変わらずの言葉を発した。

「別に、あんたのためじゃなくて、綾乃のためだからね。あんたがぽかやらかして、余計なこと話したらめんどくさいと思ったからだから」
「うん、ありがとう」

 最近話して気付いたのだが、彼女のその台詞は照れ隠しだという事が分かった。きっと素直にお礼を言われて照れてそういう事を言うんだと思う。藤本さんも口は少し悪いしはっきり言うけど根はやさしい子だというのをここ一年で分かった。

 昼休み、将は一緒に久しぶりに食べようと誘ってくれたけど、今日は一人で食べたいからって断った。俺は弁当を思って四階に行くと非常階段へと向かった。今日はきりが凄くて山は霞んでいてよく見えなかった。もうすっかり冷たくなった冬の風が頬をかすめた。流石にこんな時期にわざわざこんなところでご飯を食べる人なんて居なくて俺一人だ。

「そういえばここでご飯を食べる時おかずの交換とかしたっけなあ」

 弁当を食べてるとくだらない事をだべりながら綾乃と弁当を食べていたのを思い出す。弁当の交換もしたよね。ふと色々なことで綾乃ことを思い出してしまうのは、きっと彼女の事が大切でまだ死んだという実感がわかないからだと思う。ふと座り込もうとしたら階段に箸が落ちてそのまま階段下まで落ちていってしまった。ため息をついて拾いにいったら上に人影が見えた。


「どったの、将。今日は一人で食べたいって言ったじゃん」

 この場所で食べていると知っているのは将くらいしかいないはずだ。ていうか、前もこんなことあったな。と思って上を見たらそこには藤本さんが俺の事を見下ろしていた。

「やっぱりここにいたんだ。綾乃と思い出の場所だからやっぱりここにいると思った」
「何の用?」
「綾乃が来てないけど、綾乃ってもうこの世にはいないんだね」

 突然の言葉に驚いて固まっていたけど、藤本さんも階段を降りてきて俺の横に座って言った。

「何も言わないってことはやっぱりそうなんだね」
「なんで……」
「だって、ただの病気にしても先生の反応も、あんたの反応も分かりやすすぎるし。ほんと男って分かりやすいわね」
「綾乃の口ぶりからなんとなくそうなんだろうって思っていた。でも、自分の口から言ってほしくて私からは何も言わなかった。あの子……どうして言ってくれなかったのよ。親友なのに、私の事はそこまで信用出来なかったってことなのかな」
「藤本さん違うよ。あいつは、心配をかけたくないからって」
「それは分かってるつもり、でもね。私悔しいんだ。もう少し綾乃の事分かってあげられたら、そしたらあの子も私に少しは話してくれたんじゃないかって思っちゃうの」

嘆くように彼女は言った。その目は涙を浮かべていた。きっと彼女にも彼女なりの葛藤があったんだろう。俺が俺なりに考えていたように、彼女は彼女なりに考えていたんだ。
 彼女は袖で目をこすると真剣な顔で言った。

「私ね、正月に綾乃と話したんだけど、その時に言われたんだ。もし私が遠くに行ってしまったら私の代わりに翔ちゃんの事を見てあげてね。翔ちゃんは私がいないとすぐさぼっちゃうからって」
「はは、どんだけ俺は信用ないんだよ」
「だから、ずっとこれから一位をきーぴ出来るように私が勉強見てあげるからね。言っとくけど私は綾乃と違って優しくないから、ビシバシ鍛えるからそのつもりで覚悟してね」
「はは、どうかお手柔らかにお願いします」

 綾乃は無くなった後も、こうして大切なつながりを残してくれた。彼女が居なくなってもこうして彼女を思い続ける人の中には彼女は生き続けるのだ。こうして綾乃の意思は居なくなっても他の人へとどんどん受け継がれていくんだ。大変だけど、退屈しない最後の一年になりそうだな。
 
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