一生分の愛をくれた君へ
7.君を失って五年目の冬
 あれから五年の時が経った。藤本さんのおかげで、そして綾乃のおかげで俺は無事教員試験に合格し、今は忙しいけど充実した教師生活を送っている。俺が着いたのは小学校教師で、着いてみてからは生とのに教えるのが楽しくて意外と適正職業だったんじゃないかなと思っている。

「お持たせ」
「もう、女の子を待たせるって一体どういうことなの」
「ごめんって、ちょっと昨日遅くまでテスト作りしていたからあんまり寝れなかったんだよ。許してよ」
「いやだね。貴重な時間奪ったんだから、それなりの覚悟をしてもらおうよ。今日は私のショッピングに付き合う事、いいね」
「うへえ~」
「嫌そうな顔しないの! 言っとくけど遅刻してきたあんたが悪いんだからね」
「はい。付き合いますよ」
「うん、それでよろしい」

 藤本さんとは、今も時々あって遊ぶくらいには仲がいい。あの後高校最後の年は、本当に彼女に熱心に勉強を教えてくれた。でも、ちょっとでもさぼっていると怒られて厳し過ぎると思う事も少なからずあったけど、彼女には本当に感謝しかしていない。

 本当に彼女の買い物に付き合わされて、メイク道具やら拭くやらを持たされて手がパンパンになってしまった。

「ちょっと買いすぎでしょ藤本さん」
「一般OLはこれが普通なの。むしろ今日は人に持たせているんだから遠慮してる方なんだからね」
「えーそうなの。それでもちょっと買いすぎだと思うんだけど」
「だから、お礼に奢ってあげてるんでしょ。文句を言わないの」
「へいへい」

 買い物を一通り終わって、二時を回った頃、高そうな中華レストランで遅めの絵暗視をしていた。

「それにしても、藤本さんってよくそんな店知ってるよね」
「あんたが知らなすぎるのよ。この店は安くておいしいって有名なレストランなのよ」
「へー」


 
 という会話をしていたらテーブルに料理が運ばれてくる。俺は八宝菜、藤本さんはシェールーチャオタン、日本ではエビチリと言われるものを頼んだ。運ばれてくると、食べる前に写真を撮る。

「写真撮ってどうしたの」
「これから、綾乃の家にお線香を炊きに行くからこの写真見せようと思って、綾乃こういう写真好きだったからな」
「そっか」

 写真を撮り終り八宝菜に手を付けた。八宝菜は藤本さんの言う通り、とても美味しかった

「今日、綾乃のうちに寄るんだったら、別に無理して月わなくてよかったんだよ」
「別に、帰りに寄るだけだし、それにそんな長くかからないから別によかったんだ」
「そっか」

 それに、お世話になった藤本さんの誘いは無下にできないしな。

「それにしてもなつかしいわね。本当に最後一年は、あんたの面倒を見るのはかなり苦労したわ」
「それは本当に感謝しますよ。でも変な噂されて大変だっただろ」

 
 あれから藤本さんは、気力を失った俺に熱心に勉強を教えてくれた。それはもちろん。余計な感情とかじゃない。それは藤本さんもそのはずなのだが、他のクラスメイトにとってはいい話題だったようで、藤本さんが奪ったとか、酷いものだと藤本さんが綾乃の事を追いつめて引っ越しさせたとかありもしない噂話をしていた。あるときその事を聞いたことがある。すると彼女はこういっていた。

「まあ、確かに変に噂されるのは嫌だし、勝手に綾乃との仲を言われるのは嫌だけど、綾乃に約束したからねえ。それにあんたちゃんと私が見てあげないとさぼりそうだし」

 そう藤本さんは言っていた。しかし、それにしても酷いいいようだな。この人。はっきりと言うのは分かっていたけど。彼女は事務員になったようだ。彼女は優秀で二年で昇格したらしい。最近部下もついたと言っている。彼女なら面倒見のいい良い上司になるだろう。

「分かったら今度はお礼に何か奢ってね」
「はいはい、わかりましたよ」
「その言い方はきもいからやめて!」
「なんてワガママなやつだ!」

 こうして綾乃がいなくなっても忘れないでいてくれる人がいるから綾乃は居続ける。その事に感謝をしなければいけない。こうして大事なものを失って人は大人になっていくのである。

「あ、ごめん。そろそろいかなくちゃ」
「うん、おっけーここまで付き合ってくれてありがとね」
「あ、最後に」

 俺の手を掴んで藤本さんは言った。
「もう高校生からの付き合いなのにお互い苗字で呼び合うのってなんか変じゃない?」
「と、言うと?」
「名前で呼んでよ」

 そう言われて生唾を飲み込んで彼女の目を見た。その目は真剣そのものでふざけて言ってる訳じゃないと分かった。

「うん、わかった。これからは名前で呼ぶよ。涼花」
「よし、それでいい翔。いってらっしゃい」

 彼女は笑顔に戻って手を離してくれた。そのまま車で綾乃の家に向かった。ドキドキしながらインターホンを鳴らす。

「はーいあ、翔君」
「こんにちは。線香あげに来ました」
「線香あげに来てくれたの。ありがとね。あがってあがって」
「翔君お久しぶり」
「お久しぶりです。お母さん、お父さん」
「あらあら、見ないうちに立派な男になって、びっくりだわ。教師を目指しているんですって」
「はい、ここれから大変になる時期ですが、楽しみでもあります」
「あらあ、そんな忙しいのにわざわざ来てくれてありがとうね」
「いえ、だって綾乃は大切な人ですから」

 綾乃の家は久しぶりに来ても相変わらず変わらない匂いで安心した。

 仏壇の前で手を合わせて鞄に入れておいた物を出した。涼花と選んだものだ。

「はい、これ綾乃の大好きな綿あめだぞ。今日屋台が出てたから買ってきたんだ。それと、今日涼花と買い物行ってきて中華料理食べてきたんだ。あいつ買い物長くてさ、大変だったんだよ」

 言っている間に涙が零れてきた。きっと

「あ、そうだ。数年たって翔ちゃんが線香あげに来たらこれを渡してって言われていたの」
「これは手紙ですか?」

 綾乃のお母さんが持ってきたのは可愛い便箋に入った手紙だった。中身を読んでみる。

『未来の君へ 橋本綾乃。
 この手紙が読まれている事には君は一体そんな人になっているかな。立派な先生になっているかな。でも君はやさしいから、多分もう恋人なんていらないと言ってずっと独り身を決めているんだろうと思う。もしそうなんだとしたら、私の事は忘れて幸せになってください。私の事を私は生きていた時幸せだったし、今も翔ちゃんの中で生き続けてるから。それは君だって同じことでしょ? だからこれからは私に縛られず生きて欲しいと思います。だって私の心からの願いは君が幸せなことだから。もちろん、どうしてもそれが嫌でずっと独り身でもいいっていうなら私はそれを止めはしません。だってこれは翔ちゃんの人生で私が強制することじゃないもんね。最後に私が願うことはただ一つ。あなたがこれから笑顔であることです。どうか、どうか幸せになってください。一生分の愛をくれは君へ」

 その手紙を見終わった瞬間感情が抑えられなくなって、泣き出してしまった。すると、綾乃のお母さんは、ハンカチを渡してくれて言った。

「私ね、綾乃が死ぬ前に話したんだけどこう言われたのよ。もし未だに翔ちゃんの事で悩んでいたら渇を入れてあげてって。前を向きなさいって。だから、翔君はこれから幸せになるべきだと思うのよ。君のためにも、そして天国に行った綾乃のためにも」
「お母さん、ありがとうございます」

 その後、夜ご飯を作ってもらい綾乃の思い出話に花を咲かせながら食事をとった。そして、そのまま綾乃の家を出る頃にはあたりは真っ暗だった。すると、ふと綾乃が歩いているのを見つけて慌てて追っかけた。彼女は声をかけても聞こえてないのか歩いてどこかに行ってしまう。

「あ、綾乃。待ってって」
「えっ」

 ようやく追いついて肩をつかむと、その女性は驚いた様子でこちらを見た。ふと我に返る。馬鹿だな。綾乃はもういるわけがないのに。

「失礼しました」

 そう言って手を離すと、彼女はハンカチを差し出してきた。

「あの、これは……」
「あっ、いきなりすみません。なんかあなたの顔泣いているように見えたから。何かあったんですか?」
「ええ、俺の死んだ恋人に似ていたものだからつい。すみません。あなたの後ろ姿があいつの面影と重ねてしまって」

 すると彼女はくすっと笑っていいですよと言った。

「もしよければ話してもらえませんか」
「いいですけど、長くなりますよ」
「全然いいですよ。私もちょうど退屈していたところですし」

 じゃあとゆっくりと綾乃の事を語りだした。思い出を噛みしめるように。彼女はその間黙って聞いてくれた。

「素敵な方だったんですね」
「ええ、彼女は今も俺の大切な恋人です」

 そう言って空を見た。綾乃は今もきっとこの空で見守ってくれているだろう。俺は未だに君の死を受け入れられない。受でも、ゆっくりと大人になって必ず受け入れるよ。だから空で見守っていて必ず君のもとへ追いつくから。
 
 完




















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