湖面に写る月の環

13

そんな彼女が好きで、一緒に居たくて――でも、傷つけたくないと思う自分は、自分のことしか考えられない未熟者でしかないのだろう。そんなの、彼女にとって悪い人間でしかない。……隣に居たいと望むことすら、きっと烏滸がましいのだ。
(……駄目だ)
先程の出来事が頭を過り、拭いきれない嫌悪感と後悔が心を満たしていく。彼女の手でハンカチを抑えるようにして、僕はゆっくりと手を離した。
「……悪かった。これ、好きに使っていいから」
「えっ」
「ごめん」
僕はそう告げると、ちゅう秋たちの元へと足を向ける。背中に掛けられる声を、聞こえないふりをして。
(僕、ダサすぎる)
僕はどうしようもないくらい、意気地のない人間なんだ。だからせめて君は……君だけは、幸せになって欲しい。——なんて。願う資格すら僕にはないのだろう。

「君はどうしようもない人間だね」
「……言うなよ。わかってる」
はあ、と何度目になるかもわからないため息が浴びせかけられる。それを受けても尚、僕は反論の一つも出来やしなかった。
「本当に。あの時はさすがに肝が冷えた」
(だって、仕方ないだろ)
「……まさか、いると思わなかったんだ」
「はあ……君に気を利かせたつもりだったが、無駄な気遣いだったようだね」
「ごめんって」
「謝るくらいなら始めからしないでくれ」
苦く笑みを浮かべるちゅう秋に、僕は項垂れる。本気で怒られた方が、幾分もマシなのに、自分の周りは優しい人間ばかりだ。
――あの日。テラスで僕が彼女にやってしまったことは、その場にいた全員が見ていたらしい。気がつかなかった自分が悪いのだけれど。
しかも、僕が走り去ってから彼女が「空気を駄目にして申し訳ない」と言ってみんなに頭を下げたのだとか。その話を聞いて、僕は文字通り頭を抱えて蹲ってしまった。情けない。情けなさ過ぎて部屋に籠りたくなる。ちゅう秋にはもちろんだが、翌日には彼の奥さんにも叱られ、更には探偵少年にすら「あれはない」と言われた。……自分が百パーセント悪い事は、他から見ても明白だったのだ。
「ハンカチを濡らしてきたことは良い判断だったけど、走り去る前に何か言っておくべきじゃないかい?」
「……気が動転してたんだ」
「嗚呼。知っているよ」
ちゅう秋の優しい声が、僕の心に刺さる。きっと、彼も僕の知らないところでいろいろとフォローしてくれたのだろう。じゃなかったら、友人であるはずの奥さんに小言だけで済まされたのは奇跡としか言いようがなくなってしまう。彼女は、何だかんだ言って正義感の強いお人だから、友人を傷つけられて怒らない人ではない。
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