湖面に写る月の環

14

(――彼女は、みんなに愛されている)
そう。僕以外にも、たくさんの人に。
「まあ、君たちの関係にとやかく言う気はないけれどね。次会う時は何かお菓子の一つでも持って行くといいよ」
「いや……もう、会わない」
「……は?」
素っ頓狂な声を上げるちゅう秋に、気まずさに視線を逸らす。中々聞くことのない声は、今のこの状況じゃなければ嬉々として聞き返していただろう。本当、こんな状況でさえなければ。
(僕が悪いんだもんな)
ふざけて何かを言うものなら、ちゅう秋と奥さんにまた怒られてしまう。内心自分の不甲斐なさに嘲笑を浮かべていれば、ふと頭上に陰が差した。顔を上げれば、そこに居たのは信じられないという顔をしているちゅう秋で。
「ちょっと待ってくれ。会わないって、どういうことだい?」
「そ、そのままの意味だよ」
唖然として問いかけてくる彼に、僕はたどたどしくも応える。納得していなさそうな雰囲気を強く感じるが、それでもここは引けない。
「僕が決めた事だから」
「決めたって……」
「彼女の幸せは、僕が守る」
だから、後悔はしない。——そう伝えるように、僕はちゅう秋を見つめる。笑みを浮かべれば、彼の切れ長の目が大きく見開かれた。
「次、移動教室だ」
僕はがたりと音を立てて、逃げるように立ち上がる。突き刺さる視線が痛い。……ちゅう秋が何を言いたいのかわからないほど、僕は鈍くもなかったし、彼との付き合いが浅いわけでもなかった。
(……大丈夫)
――僕は、大丈夫だから。

僕と彼女の関係は、家が隣であるという関係だけだった。それが変わったのは、母親同士が仲良くなったからだ。
元々、家の中で遊ぶのが好きだった僕と彼女は家に居ることが多く、親が仲良くなってからは良く一緒にお互いの家を行き来していた。関係も良好で、それは僕が本の魅力に取りつかれてからでも変わらなかった。僕が小説を読む傍ら、彼女は編み物をしたり縫物をしたり、時には一緒に本を読んでいた事もあった。自由で居心地のよかったその時間は、誰に崩される事もなく、小学生卒業まで続いた。
仲がぎこちなくなり始めたのは、中学に上がった頃だった。
「アイツらまた一緒にいてやんの」
「やっぱり付き合ってるんじゃね?」
「破廉恥ですなぁ~」
男女間に友情はない。そんな言葉に踊らされるように、思春期を迎えた少年少女は“男女”というものにおいて、強い興味を示すようになった。たとえば、ちょっと話しただけでいい顔をしているとか、よく話すからといって恋愛関係にあるとか。——たとえば、幼馴染は“トクベツ”な存在だとか。
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