湖面に写る月の環

16

空に広がる満天の星空が、湖に反射して足元にも広がっている。美しい星月夜に引き寄せられるようにして、僕は湖の近くにしゃがみ込んだ。覗き込めば、そこには情けない顔をした自分。
(……こんな顔、誰にも見せられないな)
笑っているとも不機嫌とも言えない、不細工な顔が水面に写る。……僕はどうやら、思った以上に疲れているようだ。腕で膝を引き寄せ、その間に顔を埋める。込み上げてくる感情に、視界が潤んでいった。
「……」
(自分でやっておいて自分で泣くとか、しょうもなさすぎるだろ……)
ボロボロと落ちてきた透明な涙に、心の内で悪態を吐く。自分の服を濡らしていくそれを何度も袖で拭いながら、僕は嗚咽を噛み殺した。自分の矮小な存在では、自分の感情を抱えるだけでいっぱいいっぱいだったのだ。それでも、誰かに助けて欲しいなんて言うのは自分の低くないプライドが許さなくて。
「うっ……」
喉が引き攣る。素直に自分の心を伝える事すらできない自分が、とてつもなく惨めに思えて仕方がない。
「大丈夫ですか?」
「っ⁉」
――だからか。僕は後ろに人がいることに、声を掛けられるまで気が付かなかった。

「岡名、さん……?」
「すみません。見慣れた背中が見えたので、つい」
にこりと笑みを浮かべる彼に、僕は目を見開く。……まさか覚えられているとは思わなかった。そしてここで出会うことも、完全に予想外だった。僕は乱雑に涙を拭い、勢いよく立ち上がる。岡名の驚いた声が聞こえるが、それを気遣っている余裕はなかった。
「あ、いやっ。てか、ど、どうしてここに?」
「え? 嗚呼、いやね。お恥ずかしい話なのですが、いろいろ考えていたらちょっと寝付けなくなってしまって」
「そ、そう……だったんすね」
彼の言葉に僕は苦笑いを浮かべるしかなかった。
(なんてタイミングが悪いんだ)
一回会っているとはいえ、ほぼ初対面の人間にこんな情けない姿を見られるなんて。恥ずかしくて今にも穴に入ってしまいたいくらいだ。羞恥と冷や汗が背中を流れるのを感じながら、僕は少しばかり後ろへと下がっていく。もうこうなったら逃げてしまおう。――そうだ、それがいい。
「初対面の人間が言うのもなんですが……もしよければ、私に話してみませんか?」
「えっ」
「よく知らない人間に話した方が、気が楽になる事もあるでしょう?」
(た、確かにそうかもしれないけど……)
岡名の魅惑的な言葉に、僕は足を止め、視線を彷徨わせた。——実際、ずっと押し込めていた心情を吐露できれば、少しは気持ちが軽くなるのだろう。もしかしたら活路を開くことが出来るかもしれない。……なんて淡い期待が込み上げる。
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