湖面に写る月の環

15

そんな単純で、けれど攻撃性の高い言葉の数々に、周囲を気にしてしまう僕は耐え切れなくなっていった。
「もう学校で話しかけてこないでくれ」
……そう告げたのは確か、中学一年の初夏だっただろうか。初めての環境と、顔を覚えきれていない同級生たちの声に押されるようにして、僕は彼女に強い口調で告げてしまったのだ。
彼女は心底驚いたような顔をして、けれどすぐに「うん、わかった」と頷いた。それから、僕たちは学校で話すことはなくなり、からかいも徐々になりを潜めていった。その時はそれが最善だと思っていたし、彼女も望んでいる事だと思っていたから、これが正解なのだと。——しかし、それは今思えば彼女の優しい気遣いで、僕にとっては悪手でしかなかったのかもしれない。僕の本心は僕自身に知らしめるように、身を剥き出しにさせたままぐるぐると体の中を何年も渦巻いている。

結果、僕は彼女への感情の強さを思い知る事となり、それとは裏腹に彼女との距離はどんどんと遠さがっていく。心も、物理的にも。家に帰っても、ベランダ越しに話しをすることはなくなったし、宿題を見せ合う事も無くなった。――ただただ、時間だけが無情にも過ぎていく。
そして、それは高校に上がってからも変わらなかった。
周囲の人間はもう話をしただけで揶揄うようなこともなくなったし、付き合ったことを無駄に囃し立てることもしなくなった。僕たちは少しだけ大人になったのだ。けれど、僕は変わらなかった。……変われなかった。自ら彼女に声を掛けることが出来ないまま、僕たちはすれ違い続けたのだ。何かが怖かったわけでも、何かが嫌だった訳でもない。ただ、勇気がなかっただけ。――それだけだ。それだけの事を、僕は今の今まで引き摺って来てしまったわけで。
(全面的に僕が悪いのはわかってるんだけど)
どうしたらこれが解消できるのかも、どうしたら嫌われずに伝えられるのかもわからない。そう思っている時点で僕はとんでもなく身勝手なのだろう。すべてわかっているのに行動が出来ない自分は、自他共に認める意気地なしなのだろう。

湖面に写る月の環を見つめ、僕はため息を零す。月の輪が水面で優雅に揺れる様は、僕の心を癒してくれているようにも、嘲笑っているようにも見えた。
――ちゅう秋に僕たちのことを話した、その日の夜。僕は居ても経っても居られなくて、掻き立てられるように家を飛び出した。とはいえ、店も軒並み閉まっている上、行く当てなんてどこにもない。考えながら足を進めていれば、誘われるようにして此処――中禅寺湖に来ていた。
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