湖面に写る月の環

36

「ぷは。あー、びっくりした」
「わ、悪い……」
「別にこれくらい平気だ」
にっと笑みを浮かべる探偵少年に、僕はほっと安堵に胸を撫で下ろす。……よかった。あまりの絶望に、人を絞め殺したなんて笑い話にもならない。
(で、でもっ、元はと言えばこいつが先に変なことをするから……!)
「先輩、そんなに心配しなくていいって。こんな事じゃこれは壊れないし」
「で、でも機械ってすぐ壊れるんだろ……?」
「そんなことないって! 先輩、心配しすぎ!」
ケラケラと笑う探偵少年に、僕は顔を顰めた。価値がわかっていないとはいえ、この反応はおかしい。
(機械なんて高いのが当然なのに……)
世間知らずなのか? それとも、ただ茶化しているだけなのか? 僕は得体の知れない違和感に襲われ、こくりと息を飲む。……何故だろうか。圧倒的に噛み合わないところがあるような気がするのは。
(気のせいか、それとも――)
「そもそも、此処はこうやって外れるところなんだ」
「は?」
「ほら」
彼に見せられる結合部に、僕は「本当だ……」と小さく呟いた。――まさか、彼の言う通りだったなんて。
(でも、何でこいつはこんな事知ってるんだ?)
複写機の使い方なんて、普通の人なら知らなくて当然のはず。だってお目にかかる事すら珍しいのだから。
「……こういうの、親から教えて貰うのか?」
「……」
「おい?」
ふと、空気が止まるのを感じる。息をすることも烏滸がましいくらいの静寂に、冷や汗が流れ落ちた。……どうやら自分は、彼の地雷を踏んでしまったらしい。
「……別に、調べればわかる事だろ」
「そ、うだな」
「そんなことより、何で誰も居ねえんだ⁉ 岡名さんは⁉ 依頼主は⁉」
薄く緊張した空気を一蹴するように、彼は声を上げる。ワザとらしいその仕草に――しかし、僕は追及することは出来なかった。
結局、岡名も依頼主も現れる事は無く、僕たちは大学を走り回っただけでその日を終えてしまった。帰り際、見つかった警備員にこっぴどく叱られたが、例の女子生徒が上手く言ってくれていたらしく、お咎めもほどほどに済んだ。
「つっかれた~……」
帰り道。一人で歩く帰路に、僕は心の内からため息を吐いた。
(もうだめだ。疲れて歩く気力もない……)
重い足を必死に動かして、家へと歩いていく。探偵少年はといえば、駅に着いた瞬間何かを思い出したように声を上げ、走り去ってしまった。また学校で、何て言われたけれど、出来ればもう関わり合いたくないのが本心だ。
「見てて飽きない奴といえばそうなんだけどなぁ」
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