湖面に写る月の環

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弱々しく笑みを浮かべる彼に、僕は素直に引くことが出来なかった。伺うように彼の顔を見て、眉を下げる。顔色が悪い。強がっているのは、一目瞭然だった。
「犯人を捕まえるのに必要なんだろう?」
「ええ。もちろん」
「なら、俺がへばっているわけにはいかないじゃないか」
そう言って笑う岡名に、僕は今度こそ何も言う事が出来なかった。
「私を差し置いて、何の話?」
ふと空気を裂くような凛とした声が聞こえる。カツカツと低いヒールの音が響き、次いで「真偉」と岡名が声を掛けるのが聞こえる。銀色にも見える白い髪を靡かせ、赤いドレスを身に纏った彼女は、挨拶の時に彼の隣に居た人物――ひがし京だった。
「どうしてここに。向こうで待っていてくれと言っただろ?」
「嫌よ。貴方が私たちの為に頑張ってくれているのに、黙っているわけにはいかないわ」
「それは僕が勝手にやっている事で……」
「だったら私も好きにする!」
「真偉……」
(美男美女の言い合い……迫力があるな……)
目の前で繰り広げられる言葉の応酬に、僕は息をする事すら憚られる。相手を思うあまりすれ違う様子は、見ていて美しいものがある。どうにかして取り持ちたくなるものの、一切こちらを向かないひがしに拒絶されているような気がして、話しかけることは出来ないけれど。
「真偉、ダメだって」
「いやっ!」
「危ないよ」
「やーぁっ!」
「そんなこと言わないで、ね?」
「めぇっ!」
「もう……」
困った顔でひがしを窘める岡名。しかし、その表情は心底嫌そうではなく「仕方ないなぁ」と言わんばかりの甘い顔で。それを見ていた僕たちは何とも言えない気持ちになる。急に子供っぽくなったひがしに驚く間もない。抱きしめ合う二人の溺愛ぶりを見て、頬が引き攣る。
(空気が、甘すぎる……)
「アンタがひがし?」
「お、おいっ、お前っ!」
そんな僕の躊躇いも他所に、彼女に声を掛ける人物が一人。空気を読めないのか、それとも読まないのか。どちらにしろよく入り込めるなと感心してしまうほど素直に入り込む探偵少年に、その場の雰囲気が凍り付く。驚いた顔をする岡名に申し訳ない気持ちが込み上げてくるが、フォローしに行く気力はもうなかった。
(少しは考えてから行動してくれ……!)
僕のささやかな願いも届かないまま、彼はひがしをじっと見つめる。彼女も見られている事に気が付いているのか、岡名の後ろへと半身を隠すと彼の腕を掴んだ。彼女が掴む場所への皺の寄り方に、かなりの力が込められている事を察する。――警戒されているじゃないか。
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