湖面に写る月の環

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ふっと笑みを浮かべながらも頷く彼は、いったい何を考えているのか。僕にはとんと検討もつかない。止まっていたペン先を動かし、再び立ちはだかる問題を解くべく向き合う。休憩はもう終わりだと言わんばかりにペンを動かせば、ちゅう秋も手を動かし始めた。静かになった室内にカリカリとペンが紙を引っ掻く音だけが聞こえる。僕はちゅう秋の言葉を思い出しながら、頭を抱えたい気持ちを問題を解くことに集中させた。
帰り際、ちゅう秋は「生贄を“プリチカルフェイセス”と仮定して、調べることにする」と告げ、その言葉の意味を教える間もなく、彼は家の奥間へと呼ばれていってしまった。僕は追い出されるように彼の家を後にし、帰路へとつく。──なんだか、彼にいいようにしてやられたような気がする。僕は苛立つのも面倒で、暗くなった空を見上げ大きなため息を吐いた。ふと彼女の言葉が頭を過ぎったが、──気の所為だろう。

──あれから、既に一週間が経過していた。だが、ちゅう秋からは進展の連絡のひとつもない。情報がないのか、それとも、また裏で何かしらやっているのか。
「ちゅう秋先輩、最近全然いないっすね」
「そうだな」
(だからといって、お前といる理由にはならないんだが)
ずこーっとストローが刺さった紙パックを吸い込む。……彼の言う通り、最近ちゅう秋は昼休みになっても一緒にいることが少なくなっている。昼休みになって早々、教室を出て行ってしまうのだ。何かをしているのはわかるが、その内容は全くと言っていいほど知らない。聞こうにもちゅう秋の忙しそうな反応に、問いかける気力も湧いてこないのが現状だ。
「あっ、こんな所にいた!」
「げっ」
二人の間を貫くように掛けられた高い声。聞こえるはずのない女子生徒の声に、僕は箸で掬いあげた唐揚げを落としてしまう。慌てて堰き止めようと手を伸ばしたが——時すでに遅し。足元に転がり落ちたそれに、僕は絶望する。
「嘘、だろ……!?」
──よりによって貴重な肉が落ちるなんて……!
「お前……また来たのか」
「何よ。話しかけちゃいけないわけ?」
「そ、そういう訳じゃねーけど」
たどたどしい探偵少年の言葉に、少女は「ふぅん」と呟く。興味なさげな声を聞きつつ、僕は呼びかけてきた女子生徒を見る。
(確か……どっかで……)
「こんにちは。また会いましたね」
「……あっ、大学の騒動の時の!」
ニコリと笑みを浮かべる彼女に、僕は思わず声を上げてしまった。髪型が違ったから気が付かなかった。活発な笑みでこちらを見つめている女子生徒は、大学で探偵少年を止めてくれた子だ。同じ学校なのは知っていたけれど、まさか会うことになるなんて。
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