湖面に写る月の環

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「嫌な噂?」
「うん……。あの子、有名な金融の息子さんみたいで、いろいろやりたい放題してるって……」
「最近よくその子といるのを見てたから、心配になっちゃって……」と言う彼女の声は、だんだんとしりすぼみになっていく。その反応に、僕はつい瞬きを繰り返した。
(いや、間違ってはいないけど)
申し訳ないと思っているところ逆に申し訳ないのだが、その噂だと概ね正しいことが現実に起きている。有名な金融の息子だということは知らなかったが、数ヶ月前に行われたパーティーのことを思えば、「それもそうか」と納得してしまえる。女性たちに囲まれながらも上手く接し、慣れた様子で佇む彼は、確かに普通の家の人間では無い雰囲気を持っていた。僕はあいつとの日々を思い出す。
「まあ、一緒にいるのは大変だよ」
「えっ」
「すぐどこかに行くし、変な発言は多いし、その度に巻き込まれるし」
「えっ、えっ」
「でも──案外悪いやつじゃないよ」
戸惑胃に声を上げる彼女に、僕は僕の本心を告げた。思い返せば、怒涛の日々。彼と関わりさえ持たなければやる必要のなかったことをさせられることも、行く必要のなかった場所に行くことになることもなかった。だが、それが楽しいと思ってしまったのだから、自分はどうやら既に彼に毒されているらしい。心配してくれた彼女には申し訳ないような気もするけれど、嫌ではないのだ。
(なんて。あいつと出会った時は考えもしなかったけど)
「そっ、か……じゃあ余計なお世話だったね」
「あ、いやっ! そういう訳じゃ……」
「ううん、大丈夫。気にしないで」
「変なこと言って、ごめんね」と嘲笑するように笑う彼女に、僕は返す言葉が見つからなかった。
(そんな顔させたかった訳じゃないのに)
焦燥と罪悪感が綯い交ぜになって込み上げてくる。……情けない。好きな人の気持ちひとつ、まともに受け止められないなんて。
「ぼ、くは……心配してくれたことは、素直に嬉しいと、おも、う……」
「……えっ」
「だ、だから、無駄なこととか、お節介とかじゃないから」
俯いたまま、思ったままのことを口にする。不器用でも格好悪くても、伝えないよりは幾万倍もマシだから。
(つっても、僕の独りよがりだったら意味が無いんだけど……)
「そう……そっか……」
「?」
「ふふっ、なんか慰められちゃったね。でも……ありがとう」
ふわり。まるで花が咲くような笑みを浮かべる彼女に、僕は息を飲んだ。
(か、かわいい……)
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