ビター・マリッジ
幸人さんは本当に仕事が忙しいのかもしれないけれど、実はひとつだけ懸念がある。
それは、幸人さんの帰宅が遅くなり始めた時期が、私が彼のオフィスにUSBデータを届けて以降だということだ。
あの晩。妙な衝動に駆られた私が、月に一度のタイミングでもないのに幸人さんに迫ったから。嫌がられて避けられているのかもしれない。
幸人さんからのメッセージを眺めてため息を吐いていたとき、たまたま私のデスクの後ろを通りかかった小山くんが、同僚たちが集まる今夜の飲み会に誘ってくれた。
気分転換になりそうだと思って参加して、二時間ほど同僚たちと飲んだ後、居酒屋から出てきて今に至る。
「四ノ宮さん、大丈夫?飲み過ぎた?」
帰路に着きながら、幸人さんのことを思い出して沈んだ表情になっていると、小山くんが心配そうに私の顔を覗き込んできた。
「うん、大丈夫。今日は誘ってくれてありがとう。楽しかった」
「それならよかった」
笑いかけてくれる小山くんに、私も不器用に笑い返す。