最初から最後まで
「僕の大事なもの……なんてそんなの、マリカ以外なにもないよ」

「だってそんな姿になるなんて、どう考えてもおかしいわ」

 マリカが震える手で、僕の頬に触れた。

「私が惹かれたバイオレット・サファイア色の瞳が、ルビーのように赤くなるなんて」

「僕のこと、嫌いになった?」

 見るからに悲しげに告げられたことで、思いきって訊ねてしまった。頭をもたげたマリカは、黙ったまま首を横に振る。

「どんな姿になっても、ハサンはハサンだもの。嫌いになんてなれないわ」

「マリカ!」

「胸が苦しいくらいにドキドキしてる。久しぶりに逢ったせいかしらね」

「僕もさっきから胸が痛くて堪らない。マリカ、君にずっと逢いたかった」

 痩せこけた細い体を、強く抱きしめた。マリカは僕にもたれかかり、ゆったりと体重をかける。

「マリカと離れていた五年間、忘れたことはなかった。妾として嫁いだマリカが、とても心配でならなかったよ」

「…………」

「だけどこうして逢うことができて、本当によかった。マリカと一緒に、あの月の近くまで飛びたいと思ってるんだけど、体調はどう? 近くで見る月光の美しさを、君に見せたくてさ」

「…………」

「マリカ?」

 さっきから返事がないことを不審に思い、マリカの顔を覗き込んでみる。唇に笑みを湛えたまま、眠っているように見えたのだが――。

「マリカ、起きて」

 肩を揺すってみたのに、目が開く感じがまったくない。恐るおそる首筋に触れて、脈をとってみる。ほんのりあたたかい肌を指先に感じたが、脈に触れることはなかった。

「マリカ……嘘だろ、なんで?」

 信じたくない現実にショックを受けている間に、マリカの唇から白い煙が出はじめる。見覚えのあるそれに、頭が混乱した。だって――。

(……どうしてだよ。僕は赤い石を使っていないのに!)

 僕の目の前で白い煙が光り輝く玉へと変化しかけたら、例の黒い箱が音もなく足元に現れる。蓋には数字が記載されていなくて、ただの黒い箱にしか見えなかった。

 いつもは白い玉なのに、マリカのものは七色に光り輝く。それが緩やかに回転したタイミングで、黒い箱の蓋が開いた。いつもなら黙って箱の中に玉が吸い込まれる様子を眺めていたのに、嫌な予感が僕を突き動かす。

 間一髪で利き手を伸ばし、マリカの光り輝く玉をキャッチした。
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