エリートSPと偽装婚約~守って、甘やかして、閉じこめて~
「あ、あのっ……どうなっているんですか? 他にお客さんは……」

慧さんはふり返り、にやっとする。

「今日は貸し切りだ。だから何も怖がることはない」

「ーーーーっか、貸し切り?!」

素っ頓狂な声が出た。
どうもデパートの雰囲気が変だと思った。
従業員もあまりいないし、他のお客さんに、駐車場からひとりも会っていない。
貸し切りっていうのはセレブがやることだ。易々とそんなことをしてしまっていいのか。いや、梧桐の家柄なら簡単なのか。

「今だけは、周囲など気にせずに好きにするといいよ。以前の出来事がトラウマで、ずっと怖かったんだろう?」

「知ってたの?」

「そりゃあね。全部把握してると伝えただろ。今日は貸し切りな上に俺もいる。だから絶対安心だ。ストレス発散だと思って、楽しんで」

「そんな……こんなことまで……だって、そういうのってお金が掛かったりするんじゃない?」

「今日は特別。棚卸し休業で、その作業前の数時間だけお願いしたんだよ。だからそんなに大変な事じゃない」

「大変だよ……」

わけがわからない。どうしてこんなことまでしてくれるのか。
ふたりきりだとわかったら、緊張が緩んだ。
ほっとしたのとびっくりしたので少しだけ涙ぐむと、慧さんはいたずらっ子のような顔をした。

せっかく手筈を整えてくれたのだから、遠慮をしていたら余計に申し訳ない。わたしはこの状況を楽しむことにした。

気がつけば慧さんを連れまわし、あっという間に時間が過ぎていた。
後部座席にはデパートの紙袋が四つ。

「こんなにたくさん買い物したのほんと久しぶり。慧さん疲れたでしょう。付き合わせちゃってごめんなさい」

お店で周囲を気にせずに過ごせたのは、色々とあってから初めてかもしれない。

「詩乃が楽しかったのなら何よりだ」

「慧さんのおかげで、嫌なことを忘れて買い物ができたよ」

「そうか。よかった。あのデパートは口利きをしやすいんだ。また来よう」

慧さんは全部買ってくれようとして、わたしに財布を出させてくれなかった。
次はわたしが何かプレゼントをしたい。

「うん」

素直に返事ができた。また来たい。

彼に何をあげたらいいかな。それを考えたら、次の買い物が楽しみになった。
笑みをこぼすと、慧さんも微笑み返してくれた。

「じゃあ、次はディナーだ」
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