エリートSPと偽装婚約~守って、甘やかして、閉じこめて~
「詩乃、甘えていいんだよ。ちゃんと不安なことを口にだして。俺はなんのためにいるの」

幼子を宥めるようで、わたしは自嘲した。

「仮初の婚約者なんだから、そんなに尽くしてくれなくていいんだよ」

ちょっと嫌な物言いだったかもしれない。でも実際そうだ。

「寂しいことを言うな」

どっちが、と思う。どんなに優しい言葉をくれても、それは本心ではないのでしょう?

「あんなことがあったんだ。怖くて眠れないだろう。眠るまでついてるから安心して。もう二度とあんな怖い思いはさせないよ」

「……眠れそうにないの。たぶん朝になっちゃうから遠慮する。慧さんにはちゃんと休んでもらいたいもん」

正直に言うと、慧さんは悲しそうに笑った。

「困ったな。詩乃がちゃんと眠れているかどうかわからないと、俺も気が休まらない。俺を朝まで寝かせないつもり? さすがに徹夜は辛いな」

「なんかその言い方ずるい」

「大人はずるいんだよ。さぁ、俺のことを思うなら布団に入ろう」

眠るように仕向けられて、すごすごとベッドに横になる。わたしだって成人しているのに。まるで子供扱いだ。

「電気はどうする?」

「小さいダウンライトだけ、つけておいてほしい」

お願いをすると、慧さんがドアの横のスイッチを操作した。部屋が薄暗くなると、また急に不安が襲ってきた。

なんだか寒い。指先がひどく冷えた。
ベッドの脇に座る慧さんに背中をむける。不安を勘づかれないように体を丸めた。
考えないようにと思うほど、あの男の不怒鳴り声が頭に響いた。

ぎゅっと目を瞑り耐えていると、ベッドがきしみゆれる。すると、背中の布団越しに、彼の体を感じた。

(え……)

「何もしないよ」

前へ回った腕が、布団ごときゅっと抱きしめる。
彼の重みを感じると、すっと心が落ち着いた。
同じ男の人なのに、どうしてこんなにも気持ちが違うのだろう。
バクンバクンとうるさかった心臓が、次第に大人しくなる。
慧さんの体温も合わさって、布団がどんどん温かくなる。

「大丈夫。傍にいるよ」

低く、落ち着いたトーンが体に浸透する。
途端に睡魔が襲ってきた。昨夜も寝不足だったから。

(ほんとうにずるい)

これで好きになっちゃ駄目だなんて。なんて酷い人なんだろう。
眠れないだなんて、大嘘だった。
あまりに温かくて、瞼を閉じるとそのまま気絶するように眠りについた。
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