ねぇ…俺だけを見て?
会場が、凍ったように固まる。

史依は、見たことのない煜馬の表情だ。


「その手、離せよ」
ゆっくり、史依と豹典のところに近づきながら言う。

「嫌です」
豹典も、睨み付け言う。

「え?え?豹くん、離し━━━━━」
「だって、バカらしいもん」

「え?豹…くん…?」

「僕はね。
これでも、かなり抑えてんだよ?
確かに僕が、大学四年の時に史依を振った。
ヨリを戻したいなんて、ムシが良すぎることも。
だから、必死で言い聞かせてた。
史依の幸せをちゃんと、応援しようって。
僕も、ちゃんと前を向こうって。
なのに、今は見てよ?
ほったらかしにされてんじゃん!
そりゃあ、拐いたくもなるよ!」

「豹くん……」

「そこの庭で、思い出話でもしよ?」

「フミ!!」
「煜馬さん…
……………豹くん、私…」
「ん?」

豹典は、微笑んでいた。

━━━━━━!!!?
史依は、やっと豹典が何をしたいのかわかった。

豹典は、史依を連れ去ろうなんて思っていない。

史依“自身に”自分の思いをちゃんと言わせようとしているのだ。

昔からそうだ━━━━━
豹典は、とても賢くよく人を見ている。
だからこそ察することができる、本当に素晴らしい男性だ。

交際している時も、史依に“どうしたいか”を史依の口から言わせるようにしていた。

これが、豹典の優しさである。

そんなところが大好きだった、史依。
でも━━━━━

「豹典くん、私…行かない」
「どうして?」

「私は、煜馬さんがいい!!
煜馬さんじゃなきゃダメなの!
……………だから、この手を離して!」
史依は、真っ直ぐ豹典を見上げて言った。

「フフ…
史依、強くなったね!」
「そ、そう?」

「うん。わかった」
ゆっくり離した豹典。
史依の背中を優しく押した。

「ありがとう…」
史依は振り返り、豹典に微笑み言って前を向いた。


「煜馬さん」
「ごめんね、寂しい思いをさせて!
おいで?」

煜馬が両手を広げて待っている。
史依は、その腕の中に駆け寄り抱きついた。


「━━━━ほんと、ごめんね史依」
その後、そのまま上の部屋を取り向かった二人。

ベッドに横になった史依を、煜馬が組み敷き頬を撫でていた。

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