Macaron Marriage
* * * *

 あまりにも体がだるく、立っていることさえしんどくなった萌音に代わり、翔はキッチンに立って朝食を作ってくれた。

「翔さんってば料理も出来ちゃうのね……」
「そんな凝ったのは作れないよ。朝はいつも元基が作ってくれるから任せてるし」
「えっ! 元基さんと一緒に暮らしてるの?」
「そう。レストランの裏に自宅があってさ、今はそこで二人住まいなんだ」
「じゃあ今朝は……」
「萌音の部屋に泊まるって言ってあるから大丈夫」

 二人はダイニングに移動し、翔は両手に持っていた皿をテーブルに並べる。それから椅子に座ると、空腹を満たすように二人は料理を口に運ぶ。

「お味はどうかな?」
「すごく美味しい。大満足」
「それは良かった」

 萌音の笑顔を見ていた翔は、何故か手を止めた。

「俺ね、萌音が婚約者より俺を選んでくれたら嬉しいってずっと思っていたんだ。でもそれを元基に話したら、萌音にとっては辛い選択になるかもしれないって言われて……だから今ちょっと気にしてる」
「……私が傷付いているかもって心配してくれてるの?」

 翔は黙って頷いた。

「……今まで私ね、恋をしても意味がないから、友達が恋愛の話をしていても全然興味が湧かなかった。でもみんなは話している時、いろいろなことに一喜一憂したりしてね……きっと私は一生知らない感覚なんだろうなって思ってたの」
「……大学生の時も?」
「うん、思ってた。なのに……翔さんのことがずっと気になってて、これは恋じゃなくて憧れなんだって自分に言い聞かせてたのに……上野さんが『それは恋』で、『八ヶ月だって恋は出来る』なんて言うから、ついに恋だって認めちゃった」
「あの時って、そんな話をしてたんだ」
「……確かに最初は父を裏切るようなことはしたくないって思っていたの。でもね、私は翔さんと結ばれたいって心から思ったから、自分から踏み出したんだよ」
「後悔はしてない?」
「してない。むしろすごく幸せなくらい」
 
 萌音はハムエッグを口に運び、美味しそうに微笑む。

「ちゃんと翔さんと結ばれる決断が出来て良かった。これで最後の日も心残りはないと思うから」

 本当は最後の日のことなんて考えたくない。

「翔さんのことを信じていないわけじゃないんだけど……期待はしたくないの。だから、今は楽しい時間をただ過ごさせて欲しい」

 ただ真っ直ぐに翔を見つめる瞳から、萌音の正直な気持ちが伝わってくるようだった。

 翔は諦めたように息を吐くと、優しく微笑んだ。

「……元々そういう約束だったしね。残された期間を濃いものにしよう」
「ありがとう」

 お互いに納得のいく答えが見つかったところで、華子が玄関のドアを開けた音が響いたため、二人は慌てて食事をかきこむのだった。
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